mayu matsuoka
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正しさも、美しさも、出し直せる。松岡茉優が『ダウンタイム』で見つけたもの

mayu matsuoka

photography: Hiroki Watanabe
styling: Satsuki Asai
hair & make up: Chika Ueno
interview & text: Rio Hirai

Portraits/

美容整形の光と闇を描く Netflix シリーズ『ダウンタイム』が、9月17日(木)より世界独占配信中だ。主人公は、天才的なオペ技術を持ちながら、ある緊急手術をきっかけに大学病院を去ることになる形成外科医・沼田文。「医療は命を救うためにある」と信じ、美容整形を否定してきた彼女は、カリスマ美容外科医・遠山凜(仲里依紗)に誘われ、その裏側を探るためにクリニックの扉を叩く。整形は善なのか、悪なのか。自分が信じてきた正しさは、誰かにとってもそうなのか──物語を貫くのは、文自身のその葛藤だ。彼女を演じた松岡茉優に話を訊くと、取材もまた同じ場所へ、つまり松岡自身の “正しさ” をめぐる話へと辿り着いた。

正しさも、美しさも、出し直せる。松岡茉優が『ダウンタイム』で見つけたもの

—美容整形の光と闇を描く本作で、松岡さんは形成外科の世界から美容外科へ足を踏み入れる沼田文を演じています。文という人物を、どう捉えて立ち上げていったのでしょうか?

オファーをいただいた時点では、まだプロットもなくて。「こういう人になってほしい」というイメージだけをお聞きしたんです。誰かにとってはヒーローで、誰かにとってはダークヒーロー。私が演じたことのない、あえて言うなら中性的な、我が道を行っている人なのかなと。実際に撮影に入ってみると、彼女は思っていた以上に愛のある人でした。でも、愛せない側面もある。私は役をいただいたら必ず、その子の短所を探すようにしているんです。長所はもう物語が孕んでくれているから探す必要があまりなくて、短所は私が気づいてあげないと、キャラクターが聖人君子になってしまう。文ちゃんは絶対にそれではいけないと思ったから、短所を「なぜそうなったのか」という背景を含めて探していきました。

—見ている者に「どこからが美容整形なのか」「何が善で何が悪なのか」とあらゆる価値観を揺さぶる作品となっていました。役を演じるなかで、ご自身の価値観が揺さぶられた部分はありましたか?

脚本の打ち合わせのとき、ある方が「脱毛も整形だよね」とおっしゃって。ああ、そう思うんだ、と。じゃあ歯列矯正はどうなんだろう、整形って何なんだろうね、という話をみんなでしました。自分ではなく、身近な人や家族が悩んでいたら?というのも話し合って。本当に人によって線引きが違うんですよね。整形への価値観はそれこそ、人の数だけ存在すると思います。この作品は、そこに一石を投じるものになっていたらいいなと思います。主人公の文が整形に批判的なポジションを取っていることもあって、さまざまな価値観の方に、考えていただける作品になっているのかなと。

—撮影を経て、松岡さんご自身の「美しさ」の定義は変わりましたか?

池上(純哉)さんの脚本は「正解はこれです」という提示ではなくて、見る人に委ねているし、むしろ議論を望んでいるように読めました。だから私も、美しさの定義、みたいなものをひとつ答えるのは難しいかな。ただ、撮影期間の6ヶ月で「美しい」と思ったものなら、はっきりあって。仲里依紗さんは誰も傷つけないような言葉で眩しい意見を言ってくれて、ずっと心の中に少女を大切に持っているような方で、それがすごく美しいと思いました。弟役の武田創世くんは、16歳という多感な時期に、他人のお芝居を受けて自分も呼応して、できることがどんどん増えていって。その健やかに成長していく姿も本当に美しかった。

 

—人前に立つお仕事を続けるなかで、外からの視線や評価とは、どう折り合いをつけてきましたか?

かつては、みんなの評価が高い、総合点の高い見た目に持っていきたいというのが常にありました。特に20代の中頃は、前髪をキープする位置を細かくお願いしたり、皆さんが不快じゃないものを目指しているきらいがあったと思います。でも、それこそ「ダウンタイム」に出会ったこともあると思うのですが、ここ1、2年で「もういっか」と思えるようになってきて。人生100年時代だから、まだあと70年あるかもしれないけれど、今日が一番若い。自分が楽しい、好きと思えるチョイスをした方が、相手も気持ちいいんじゃないかなって。みんながかわいい女の子像、みたいなものを追いかけるのはもう20代に置いてこようかな、というのが最近の気分です。

—30代に入って、年齢を重ねることの変化は、どう捉えていますか?

自分のなかでどれだけ「年齢は関係ない」「記号だ」という意見に賛同したとしても、周りがみんなそう思っているわけじゃない。それでも、歳を重ねて人に伝わるようになった言葉があるし、年齢の信頼で人が動いてくれたり、納得してくれたりすることもある。年齢を重ねて説得力が生まれる、というのはあるんだと感じます。私の伝え方も全然違うのだと思うのですが。30代に入って、自分の言葉が伝えたいかたちでちゃんと届いている、と実感する瞬間が増えてきた。ピントが合ってきた感覚があるんです。

 

—文は、正論を何より大切にする人物として描かれます。演じていて、ご自身と重なる部分はありましたか?

私自身もまさに正論タイプで、そこは文に共感していました。「正論しか勝たん」ぐらいに思っていた時間が、すごく長かった。何かうまく伝わらなかったとき、周りに相談すると「まあ、正しいんだけどね」「間違ってはないよ」という言葉をかけてもらって。あ、正論って正しくないんだ、というのは薄々。でも、ある先輩に「いつまでそれやっているんですか」と言われたんです。正論で相手を言い負かす、みたいなことを、いつまでやっているんですか、と。ハッとしました。じゃんけんに例えると、正論と正論がぶつかるのは、チョキとチョキの、あいこの状態。同じチョキだから言っていることは近いのに、角度が全く違うことがある。だったら「あいこでしょ」で出し直さなきゃいけない。私はそう思わないけど、あなたはそう思っているんだね、じゃあどうする、とか。お互いが納得できて、いい仕事ができたねと思える折衷案を探す。自分の意見を曲げないんじゃなくて、セッションをする。せっかく言葉のある動物として生まれた身としては、その方が豊かだなと思います。

—役の短所を探すように、ご自身の「愛せない部分」とは、どう付き合っていますか?

いっぱいありますよ。毎日嫌気がさすし、毎日落ち込みます。折り合いはついていないです。最近やっているのは、何かを言ってしまって落ち込んだら、そのときに思った気持ちをそのまま紙に書いて、クローゼットや壁に貼っておくこと。着替えるときに「このとき私、間違えたな」と思い出せるので、今日は言わないで済む。正論が正義というわけではないというのも、メモにして大切に持っています。