Takahiro Miyashita
Takahiro Miyashita

「ファッションを曖昧にしたくない」 宮下貴裕は Number (N)ine by Takahiro Miyashita で今、何をしているのか

Takahiro Miyashita

photography: Nils Junji Edstrom
interview & text: Miwa Goroku

Portraits/

2025年9月9日、宮下貴裕が Number (N)ine by Takahiro Miyashita (ナンバーナイン バイ タカヒロ ミヤシタ) の始動を発表。2026年3月9日、最初に発表したのはTシャツだった。販売は公式オンラインストアのみ。商品にはそれぞれ異なる音楽が紐づけられ、SOLD OUT後もページを開けばその曲を聴くことができる。

ポートレートの撮影中「宮下さんは普段、ご自分の服も着るんですか」と何気なく聞いたら「いやいや、まだ完成してないですから」と即答された。過去に自身が手がけた服も含めて聞いたつもりだったが、返ってきたのは目下つくっている服についての答えだった。始動した Number (N)ine by Takahiro Miyashita に、まだコレクションは姿を現していない。

「ずっとまだ実験中なんですよ」と宮下は言う。過去を振り返ることにも、かつての服を再現することにも興味はない。シーズンごとのコレクション、展示会、卸、小売、在庫といった、ファッションを取り巻く既存の仕組みにも疑問を投げかける。「実験」しているのは、服づくりだけではない。つくって、売って、届ける、その方法自体をウェブを軸に考え直している。

30年にわたり服をつくり続けてきた。世界のファッションシーンに名を刻んだデザイナーでありながら「僕は僕。ただの新人デザイナーですから」と言い切る。どうやら本気で言っている。ただし「ファッションをもっと前に推し進めたい」という思いは強い。そこは10代の頃から変わっていない。

「ファッションを曖昧にしたくない」 宮下貴裕は Number (N)ine by Takahiro Miyashita で今、何をしているのか

—約15年ぶりに、ナンバーナインの名を冠したブランド Number (N)ine by Takahiro Miyashita を始動。今はどんな段階ですか。

まだTシャツしかつくってないんですけどね。

 

—何をするんだろう、と気になっている人は多いと思います。

再始動して、何も出さないのもアレだから、Tシャツから始めているっていうだけ。ずっとまだ実験中なんですよ。スケジュールに沿ってやってないし、春夏秋冬も関係ないですから。

皆さんが期待している NUMBER (N)INE ではない

ファッションを曖昧にしたくないんです。僕は10代の頃から、ファッションがアートに近づくべきだと思っていますから。そういうことをやられている方はたくさんいると思いますけど、変わってないじゃないですか。僕はそこに対して何かを表明するというより、静かに動いていたい。「なんとなく、このくらいでいいよね」みたいな今の風潮は大嫌い。ファッションをもうちょっと前に推し進めることを、なぜみんなしないのかって思ってしまう。

 

—たとえばそれはどんな状況ですか。

少し前のクワイエット・ラグジュアリーとか? 潮の流れが悪いと思ったし、それは僕の登場する時じゃない。その時が来たら、僕は登場します。そのために、日々実験をさせてもらっているという感じです。

 

—宮下さんが「登場する」のは、どういう時でしょうか。

皆さんが期待している NUMBER (N)INE ではないというのは、もう確定です。それだったら、最初からやる気ないです。

 

—NUMBER (N)INE が世界的に知られるようになり、熱狂的なファンが増えていった頃も、同じような感覚はあったのでしょうか。

やっぱり若かったというのはあると思います。スタジアム級のロックバンドになることに全く興味がなかったというか。自分たちで、うまく手の届く範囲で好きなことをやるのが理想なので。僕は、お金儲けを企んでいるようなやり方にはあまり賛成できない。先にそれなりのものがつくられて、それに対して対価が得られるというのが自然。アートってそういうものだと思うんですよ。望まれて、それに合わせて何かを創造してしまうのは、自分にとってマイナスでしかない。世界中の人に愛されたいなんて、ひとつも思ってないです。その代わり、僕のことを愛してくれる人は、とことん僕も愛します。

 

—NUMBER (N)INE というブランドは、宮下さんが脱退した後も継続しています。一方、中古市場では宮下さんが手がけた過去作品の高値取引が続いています。そのアーカイブをもう一度引き受けて、なおかつゼロからやるのは、結構覚悟がいることなのではないかと思ってしまうのですが。

過去は過去。僕からしてみたら「そんなこともあったよね」くらいの感覚。何をつくったかを見直したりしないし、忘れてますから。それをいまだに着てくれる方がいるのはもちろん嬉しいです。でも僕自身は、10年もずっと好きなものなんてない。音楽もそうでしょう。「新曲を聴いてほしい」っていうのは、音楽家ならみんな同じだと思いますよ。「あのときのあれを聴いてくれよ」って言う人は、あまりいないんじゃないですか。それだったら明日の話、未来の話をしたほうがいい。洋服のつくり方だってまだまだ可能性はあるし、新しい洋服を生み出さないことには何も始まらない、というのが僕の考えです。

 

—では今、何を見て、何を新しくつくりたいと思っていますか。

見たことがないものを創造したいとしか思ってないです。

 

—それは洋服で?

僕は洋服屋なんで、洋服をつくりますけど。でも、なんでもじゃないですか。見たことがないものをつくることができたら、いつ死んでもいいかなとかって思いますよね。

 

—今回の Number (N)ine by Takahiro Miyashita は「復活」「再始動」といろいろな言葉で語られています。宮下さん自身はどう捉えていますか。

NUMBER (N)INE はいわばビートルズみたいなバンドのようなものだったし、 TAKAHIROMIYASHITATheSoloist. (ソロイスト) は僕のソロだったし。たまたまソロになったね、みたいな話で。それだけのこと。僕は僕だから。どう言われても別に構わないです。

 

—NUMBER (N)INE ではなく、新しい名前で始める選択肢もあったのかなと思ったんです。

やりたいことがあったら名前を変えますよっていうだけのことじゃないですか。「NUMBER (N)INE って一体何なんだ」っていう話自体が、みんなが勝手に作り上げた妄想というか。当時の NUMBER (N)INE が同じコレクションを続けましたか、って。

—NUMBER (N)INE=宮下貴裕のイメージがあまりに強いからこそ、見る側がひとつの像をつくってしまっているところがあるかもしれません。

僕は、一個のカテゴリーというか、一個の住所だけだとダメなんです。昨日と今日で言うことが全く変わるので、二重人格ですよ。でも、変わらないといけないと思うんです。昨日言っていたことを今日も同じように言っていたら、ただの退屈な人じゃないですか。そういう退屈な人間にはなりたくない。

 

—ARTHUR HOPE DEL MOON (アーサー・ホープ・デル・ムーン) の別名義でも活動していますよね。2022年には上田勝氏と The/Independence/Day (ジ インデペンデンス デイ) を始動しています。

いくつも顔があるべきだと僕は思います。あるときは宮下貴裕でもいいし、あるときは Number (N)ine by Takahiro Miyashita でもいいし、また別の名前でもいい。やりたいことがあったら名前を変える。それだけ。

「僕だったらこうしない」が未だに続いている

—当時の NUMBER (N)INE も TheSoloist. も、ミリタリーや古着の要素が宮下さんのフィルターを通して、細部まで落とし込まれている印象がありました。

頭に入っているものはフルに活用しますけど、それをその当時のままやることには全く興味がないんですよね。「これ、もっと良くなるでしょう」っていう。それを勉強させてもらったのは、10代の頃にいた NEPENTHES(ネペンテス)です。いろんなデザイナーの人と関わるようになって、疑問が生まれたんですよ。僕だったらこの襟をこうするな、とか、僕だったらこんなポケットじゃなくてこうするな、位置はここでしょ、とか。だったら自分でやったほうが早いかも、というのが始まりなんです。人がつくったものを見るのは好きでしたけど、見れば見るほど「僕だったら、こうしない」となる。それがいまだに続いちゃってる感じがある。先人たちがいかにすごいものを残してきたとしても、過去のものは過去のもの。誰かが塗り替えていかないと明日はないんです。

 

—NEPENTHES の清水慶三さんは、宮下さんにとって今でも大きな存在ですか。

そうですね。父のような方です。ただ、洋服をつくる姿勢は、清水さんというより鈴木大器さん寄りかなと思いますね。大器さんはきちっと成形する方で、僕はそれを破壊する方が好き。つくり方でいうと、僕が今まで見てきた人の中でも、あの人は本当につくるのが上手。先日もLINEでそんな話をしてました。

 

—では、今つくっているものに話を戻します。Tシャツには、Ian Curtis(イアン・カーティス)やNew Order(ニューオーダー)、Patti Smith(パティ・スミス)など昔から聴いているミュージシャンのグラフィックが並ぶ一方で、Cardinals(カーディナルズ)のような新しいバンドも登場します。

かっこいいと思ったら一緒ですよ、価値は。優劣なんかつけないです。

 

Cardinals とのコラボTシャツ。SUMMER SONIC 2026 の東京・大阪会場限定で先行リリースされ、現在は SOLD OUT

—今、音楽ではどこが面白いですか。

今、音楽はアイルランド中心だと思います。いろんな新しい音楽がボコボコ出てきてますから。Cardinalsもそうで、久々にトラッドなバンドが出てきたなと。タイミングってあるじゃないですか。グラスゴーの時があったし、マンチェスターもそうだし。たまたま今はそれがアイルランド。ファッションも一緒ですよね。東京でいっぱいデザイナー出てきた時ってあったじゃないですか。

 

—ありましたね。90年代、裏原宿を中心に、それまでとは違うやり方でブランドを始める人たちが出てきた。

あの時からすでに僕はスケジュールに合わせてなかった。僕に限らず、UNDERCOVER (アンダーカバー) の高橋盾くんも同じだと思う。やりたいようにやってただけです。

 

どうやってZARAに立ち向かえるか

—今は「実験中」とおっしゃいましたが、具体的には?

コロナ禍でいろいろ考えました。「あれっておかしいよな」「これ、どうにかなんないのかな」みたいなのが、今のかたちの始まりなんじゃないですかね。ファッションショーは好きだから、やる機会があればやると思う。

 

—シーズンのサイクルに合流するつもりはない?

考えてもいないですね。そんな法律はないですよね。みんな自由にやったらいい。もっと解錠していかないといけないです。ファッションで鍵がかかっているところ、全部外していきたい。

 

—そのひとつが、ウェブを中心とした仕組みづくり?

そうですね。たとえばウェブで全部完結させる。小売店の人を悪く言うつもりはないです。ただ僕の場合、12時から20時まで開いているお店に行くことが、ますますないので。夜中とか朝方にお店を見てみたい。それが可能なのはウェブじゃないですか。

 

—コロナ禍の4年間に、そのプラットフォームを練っていたのですか?

ファッションの既存の仕組みをめちゃくちゃにしようとか、そんな気はないですよ。ただ、誰かがつくったものに従う必要はないですよね。僕は、在庫は悪だという考え方になったので。最初に受注でやって、在庫は持ちたくないから持たない。すごくヘルシーだと思います。

 

—何か参考にしたものはありましたか。

はっきり言うと、ずっと ZARA (ザラ) のページを見てました。

 

—ZARA !? なぜ?

世界一クリエイティブなことをやってるからじゃないですか。あれだけお金をかけて、有能な人間を集めて、瞬時にコピーする。他のEコマースとは違いますよね。別に興味のないメゾンに行く必要はない。ZARA でやったほうがよっぽどクリエイティブなことができる。John Galliano (ジョン・ガリアーノ) もそうじゃないですか。彼の戦略は正しいって、あのニュースを見たときに思いましたから。

—ただ、ZARAに立ち向かうには、資本力の差が大きすぎるのでは。

そう。それで、僕だったらどうやって ZARA に立ち向かえるかなと思ったら、このかたちになったわけです。商品をクリックしたら音楽が流れるとか、動画を月に最低一度は差し替えるとか。そういうEコマースってあまりないと思うんですよ。ZARA の幹部の人が「こいつら金もかけてないのに、なんでこんなことやってんだろう」って覗きに来るようにしたい。実験を繰り返して、やったことのないことをやって、大きな勢力に立ち向かっていく。それは必要だと思います。これが僕の答えです。いや、答えじゃないです。やってる途中だから、まだわかんないです。

機械もバンドメンバーじゃないですか

—ゼロから積み上げている感覚ですか。

ゼロからですよ。僕は僕ですから「あ、宮下なのかな」となるかもしれないですけど、そうならないといいなって思う。

 

── Number (N)ine by Takahiro Miyashita では、どんなチームをつくろうとしていますか。

どうですかね。別にそれが人間である必要は、もはやないので。機械もチームの一人ですし、今アトリエにある機械もバンドメンバーじゃないですか。AIもいるし。

 

—仲間が増えました?

増えてはないです。ただ、僕はやっぱりつくるのが好きな人間なので、それ以外のことは皆さんに「お任せします、協力してください」という感じです。僕はなるべく引きこもって、つくることに没頭したい。

 

—そこは10代の頃から変わらなさそうですね。

全く変わらないですよ。人間の本質は変わらない。嫌な部分も、いい部分も変わらないと思います。

 

—さっき「昨日と今日で変わらないと退屈」と言っていましたけど(笑)。

そこはだから、ちょっと古いのかな。僕はそばにいる家族を大事にしたいっていう、マフィア的な考えっていうか。今、一緒にいてくださる方がいるので、僕はラッキーです。

 

—コレクションをお披露目する日はやってきますか。

誤解しないでほしいんですけど、僕はずっとつくってるんです。最初からずっとやってる。ただ時間がかかっている。曲は仕上がったけど、なかなかマスタリングまで持っていけないよねっていう。

 

—では、ご自身が納得できるところまで完成したら出す?

わからないです、それは。未完成の良さっていうのも絶対にある。完成しているアートってありますか?

 

—難しいテーマですね。

僕はないと思います。完成というのは後からついてくるものだから、本人はわかってないと思います。

 

—今は「この日までに完成させる」という締め切りもない。

そうだけど、そもそも僕は30年間デザイナーをやってますけど、完成品なんかひとつもつくってないですから。完璧な状態で世に出したことは、はっきり言って一度もない。だから、今もなお僕は新人のデザイナーだと思ってます。

 

—それは絶対違うと思いますけど(笑)。

いや、そうなんですって。

 

—ブランド始動後、初のジュエリーは9月9日夜9時9分に9点限定でリリースされました。やっぱり「9」にはこだわっている?

究極のドMですから(笑)。制限をつくってみたかったというか。

再始動後初のジュエリー「daydreaming」。ジュエリー本来の制作手法へと立ち返り、職人の手によって9種類の異なるチェーンを組み合わせた「9 Different Kinds of Chains」が特徴。現在 SOLD OUT

—では今後も、9のつく日にサイトを覗いたら何かあるかもしれない?

あるかも? まあ、これは今日言ってることですからね。「9なんて関係ねえや」ってなるかもしれない……ただのわがままです。やりたいことだけやれたらいいなっていうだけです。

 

—その「やりたいことだけをやる」ためのプラットフォームが、ようやくできた。

そうですね。今のウェブのチームに「僕はこういうことを考えている、こういうことをやりたい」と伝えたときに賛同してくれたので、今はほぼ、そこに時間を使っています。新しい楽器の弾き方を覚えているような感じですかね。「このマシンはこういうふうに使わなきゃいけない」なんてことはないですから。

 

—これからですね。

いや、だから毎日毎日やってるんです。それは日々変わりますから。見ててください。どうにでもなりますから。そもそも試着しに行く必要ありますか?

 

—私はできたら試着しに行きたいです。

まあそういう人もいるよね。僕はそもそも「その必要ってある?」っていう人間なので。素材を触りたいとか、それはそういう機会を設ければいいだけの話。展示会も必要ないと思っちゃったので。ただ、品よくやりたいとは思いますよね。下品なことはやりたくない。僕がやりたいようにやって、それを人がパッと見てくれて「あ、いいな」って思ってくれたら、僕はそれだけで嬉しい。そんなもんだと思います。産業ロックはつくりません、っていうだけです。