Juliette Binoche
Juliette Binoche

真実を見せる女優、ジュリエット・ビノシュ インタビュー

Juliette Binoche

photography: UTSUMI
interview & text: tomoko ogawa

Portraits/

『万引き家族』(18)で第71回カンヌ国際映画祭のパルムドールを受賞した是枝裕和監督が、最新作として書き下ろしたのは、国民的女優である母ファビエンヌと、娘リュミールの間に隠された、ある真実をめぐる物語だ。全国公開される映画『真実』は、全編フランスで撮影を敢行し、キャスト、スタッフのほとんどがフランス語を話す状況下で撮られた作品ながら、まごうことなき是枝裕和の視点で、外からは見えないある家族の内側が浮かび上がる。

真実を見せる女優、ジュリエット・ビノシュ インタビュー

本作で、アメリカで脚本家として活躍する娘リュミールを演じたのは、国境や言語を越えた知と美を兼ね備え、世界の映画界から愛される女優 Juliette Binoche (ジュリエット・ビノシュ)。フランス、パリに生まれ、『イングリッシュ・ペイシェント』(96)でアカデミー助演女優賞を受賞、また世界三大映画祭すべてで女優賞を受賞し、奈良で撮影した河瀬直美監督最新作『Vision』(18)にも主演した。

女優でありながら、2児の母でもあり、フランス市民として仏大統領 Emmanuel Macron (エマニュエル・マクロン) の政策に抗議する「黄色いベスト」運動も支持する。コスモポリタンとして美しく輝き続ける彼女が、カメラの前で女優が見せる真実について語ってくれた。

—女優にもさまざまなスタイルがあり、本作で Catherine Deneuve(カトリーヌ・ドヌーヴ)が演じたファビエンヌのように四六時中女優という人もいれば、クランクインしているときだけ役を自分に寄せている人もいると思います。ご自身が女優として生きるなかで、指針としている考えはありますか?

捧げるということですね。私は、「サービス」という言い方をしているんですけど、見えるものであれ、見えないものであれ、とにかくある存在につながることだと考えています。カメラの前で演じるというのは、普通の空間とは切り離された特別な空間に存在するということなんです。つまり、クリエーションの空間というのは、ある意味、永遠に残るものなんです。そこで意味を持つのは、真実だけです。結局、演じるということは、自分の人生や経験したことから培ったことをカメラの前で見せる行為なので、台詞や表す感情を通じて、結局自分の真実を見せることが女優の仕事だと思っています。私が女優という仕事を魅力的だと思う理由は、そこにあります。

—自分とは関係していないものを関係しているものと思わせてくれるスイッチであり、真実の要素を含んでいるものが映画というメディアの役割と感じていますが、ご自身にとって映画というメディアはどんな存在ですか?

映画というと、あまりにもいろんな種類のものを含みますよね。私は映画業界で働いていますけど、実は時間があっても映画をそんなには観ないんです。読書だったり、他の方法で出力されたアート作品を見る。というのは、私は”映画”を観るために映画館へ行くことはなくて、このアーティストが観たいとかこの監督の作品だからとかこのテーマだから、という特別な理由があって行くんです。そうすると、やっぱり作家主義の映画が中心になりますし、いわゆる大衆娯楽作を観ることは時間の無駄と思っています。特に最近の大衆娯楽作は暴力的な描写が多くて、もう既に現実の私たちの周りにはこんなにたくさんの暴力が存在しているのに、なんで映画にそんな衝撃を求めて、それをわざわざ記憶しなきゃいけないの?と皆目理解できないので、行かないんです。

—それは一理ありますね。では、むしろ映画に求めているものとは?

やっぱり、映画というのは魂や精神に滋養を与えるような存在でなきゃいけないと思います。強烈な要素がなくても、知るということがそもそも強い感情や感動をもたらすので、そう感じられるものを観に行きます。でも、毎日観ることはしませんね。映画には人々の意識を変える役割もありますが、例えば、気候変動が起きているとかそういった社会問題に対して、まずは人々の意識が変わらないといけない。地球に対する感謝、他人に対する感謝が必要だと私は思っています。日本のみなさんはそういった感謝の心を文化的に持っていらっしゃると思いますが、いかんせんフランスは個人主義なので、なかなか集団意識や感謝の精神が見受けられないんですよね。

—日本人は頭で考えていても口には出さないという風潮がありますが、ヨーロッパにはそういった観念はないですよね。

特にフランス人は何でも口に出しますね(笑)。

—河瀬監督や是枝監督と仕事を通じて、日本人の「思っているけど言わない」という空気を感じましたか?

河瀬さんと『Vision』を撮影したときには、チームの中が女性ばかりというくらい、女性が多い現場だったんですね。撮影現場は時間が潤沢にはありませんから、素早くコミュニケーションをとらなければいけないという状況ですし、最初のうちは、外見や文化が違うからこそお互いに無礼なことをしないようにする気遣いはありましたけど、撮影現場で彼女たちとの間でコミュニケーションの違いというのは全く感じませんでした。思ったことは何でも話していましたし、特に日本酒を飲んだ後はいろんなことをたくさん話せました(笑)。個人的には、感じたことを言うことは大事だと思っています。中に溜めておくことは体のためにも良くないですから。

—是枝監督は女性たちが思うがままに言う姿をチャーミングに描いていますが、監督も含めて男性陣は寡黙という印象を受けます。

確かに、たくさんおしゃべりしている是枝さんは見たことがないですね。割と秘密主義な感じ。たぶん、彼は言いたいことを会話よりも映画のほうに込めているんでしょうね。でも、この現場で彼が子ども好きということはわかりました。撮影現場に子役がいると、彼自身も活気付いていましたから。たぶん子ども時代に郷愁を覚えるんじゃないかしら。

—今回は母と娘が描かれていますが、母と娘は合わせ鏡のようで、お互いに葛藤しながら成長するところがあると思います。ご自身のお母様であるポーランド人女優であり舞台監督のMonique Stalens(モニーク・スタレンズ)さん、そして娘さんとの関係について聞かせてください。

母と私の共通点は情熱、好奇心、それから自然に敬意があり、孤独で慈しみがあるところですね。それからクリエーションの欲求があり、活動的なところ。私は割と地に足が付いている感じですけど、娘はまだ20歳前なので、エアリーなふわっとした感じですね。お菓子作りが好きみたいです。

—まだ夢見がちな時期なのでしょうか?

そうですね。何をしたいかまだ模索しているというか。すごくいい感受性を持っていると思いますが、まだ大人じゃないので、何かしようというときに、仕事でも勉強でも規則的に安定してやることはまだできないんですね。ただ、しかるべき時期が来ればちゃんと定まってくるものなので、今のところはいろいろやってみればいいんじゃないかと思ってます。今の状態で「これだ!」と固めてしまうと、後々自分には合っていないことに固執してしまう危険性がある。あるとき、「女優になる」と言っていたこともあって、2年くらい勉強していましたが、「私には難しいから辞める」と言って、今は映画監督になる道を模索しています。それも簡単ではないはずなので、どうなることやらという感じですね。

—娘さんとケンカはしますか?

そんなにはしないかな。ケンカをすること自体が珍しいですね。愛情や共感を示すために、お互いの気持ちに耳を傾け合っているので。とはいえ、2~3回だけ激しく対立したことはあります。もちろん、必要だったからですけどね。彼女はかなり強い性格なので(笑)。

映画『真実』メイキング | photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

映画『真実』メイキング | photo L. Champoussin ©3B-分福-Mi Movies-FR3

—是枝監督が日本人でありながらもフランスで、フランスやアメリカの役者やスタッフとともに映画を作ったことは、邦画・洋画というジャンルの枠組みを越える意味でも重要なアクションだと思ったのですが、ご自身では国外の監督がフランスで映画を撮ることをどう考えていますか?

すごく重要なことだと思います。というのは、私たちに滋養を与えるものであり、私たちが「どういうことなんだろう?」と自分たちを鑑みて自身にきちんと疑問を覚えるいい機会にもなると思うんですね。フランスでの撮影であれ外国での撮影であれ、私が外国の監督と仕事をするのが好きなのは、コスモポリタン精神を養って国と国との関係について考えるいい機会をもらえるから。心が開かれている、という一つの証明ですよね。でも、是枝さんがこんなに台詞の多い映画を、フランス語を知らずしてフランスで撮ったということは、かなり勇気ある行動だったと思います。

—コミュニケーションの壁は確かに大きいですもんね。

直接、十分に話すことができないとなると、欲求不満に陥ることは確かですから。でも、是枝さんの周りに通訳を置いてくれていたおかげで、こちらとしてはコミュニケーションは問題なく取れていましたけどね。