「自分をさらけ出す勇気が、人の心を揺さぶる」 幾田りらを物語る 5つのエッセンス
Lilas Ikuta
photography: hiroki watanabe
styling: daisuke fujimoto
makeup & hair: youca
interview & text: mayu sakazaki
edit: miwa goroku
家族が音楽を通してコミュニケーションをとる様子を見て、自然と歌手を志ざすようになったという20歳のシンガーソングライター、幾田りら。彼女が YOASOBI のボーカル・ikuraとしてヒットソング 「夜に駆ける」 をパフォーマンスする姿は、瞬く間に世に知れ渡っていった。急激に変化する環境に戸惑いながらも、自分自身の感情をさらけ出すことを恐れず、戦ってきたという彼女。冷たさを感じるほどに澄み切った歌声と、徐々に熱を帯びていく “言葉” の表現力は今、さらに進化している。
「自分をさらけ出す勇気が、人の心を揺さぶる」 幾田りらを物語る 5つのエッセンス
Portraits
1921年に誕生し、100年が経った今も変わらぬ普遍性と新しさを持つ CHANEL N°5(シャネル ナンバーファイブ)。その香りとファッションをまとった幾田りらに、過去を振り返りながら、彼女の音楽を構成する “5つ” のエッセンスを紐といてもらった。
── 幾田さんにとって、CHANEL はどんなブランドですか?
やっぱり、女性らしさや強さ、そういうものを感じる憧れのブランドです。なので、今回 CHANEL のお洋服を初めて着させていただいて、すごく幸せでした。N°5 の香りをまとったときも感じたのですが、CHANEL にはいつも凛とするような感覚やイメージがあるんです。着こなせているのかはちょっと不安ですが(笑)、撮影中も自分なりに表情をつくってみました。
── 香水を身につけたり、香りを楽しんだりすることは、普段もありますか?
これまで、香りはヘアミストやシャンプーで楽しむことが多くて、香水をつけたことはあまりなかったんです。でも、YOASOBI のバンドメンバーの禊萩ざくろさんが香水に詳しい方で、「素敵な女性はシーンによって香りを使い分けるんだよ」と言っているのを聞いて、もうハッとしてしまって。色々な場面に合わせて香りを残していく女性ってすごく素敵ですし、かっこいい。CHANEL の N°5 を身につけたときは、初めての人に会うときも自信が持てるような感覚になりました。心が奮い立つというか、強くなれるような気がするんです。
── 香りで何かを思い出したり、作品をつくるときに影響を受けたりすることもありますか?
そうですね。母がつけていた香水だったり、自分にとって身近な方がつけていた香水って、思い出以上に記憶に残っていることがあると思うんです。そういう香りをふと街中で感じたりすると、エモーショナルな気持ちになって、歌詞を書きたくなったりする。香りや匂いは、そんなふうに火をつけてくれる存在でもありますね。
N°1
日常を歌うこと
── 今回は N°5 にかけて、幾田さんの音楽をつくる「5つのエッセンス」をお伺いします。これまで大事にしてきた本質的なことを5つ、教えてください。
まずひとつは、自分の生活や、日常を歌うこと。やっぱりどんな感情も経験も毎日の生活から生まれてくるので、そこに正直な自分が出ると思うんです。それをさらけ出して書いていると、聞いてくださる方とも重なり合ったり、忘れていた感情を取り戻せたりする。日常に寄り添って作品をつくっていくことは、いつも意識して大切にしていることです。
── “小説を音楽にする”という明確なコンセプトのある YOASOBI の曲と、幾田りらとしてのパーソナルな曲では、また表現が変わりますよね。
自分で曲をつくるときは、本当に自分自身から生み出されてくるものだけで書いていくのですが、YOASOBI では原作の物語の主人公を解釈して、自分の中におろして歌うように意識しているんです。だから同じ自分ではあるんですけど、意識する部分が違うのかなと思います。
── 普段、どんなふうに曲をつくっていますか?
そうですね…… 歩いたり、電車に乗ったり、ぼーっとしたり、そういうときにワッと湧き上がってくるものがあって、それを携帯のメモに書きとめておく。そこからインスピレーションを受けて曲をつくっていくような感じです。先にテーマを決めて、軸みたいなものをつかんでから、実際にメロディをつくりはじめます。恋愛映画を見て心が騒いでいるときや、エモーショナルになっているときに、そういう気持ちを再構築するような感覚で曲をつくることもありますね。
── 幾田さんは子どもの頃から、お父さんの影響で音楽が日常の中にあったんですよね。
そうなんです。父が弾き語りが趣味で、小さいときからリビングで歌を聴いているような環境でした。今思うとちょっと不思議ですよね(笑)。でも音楽が当たり前にそばにあったことは、今の自分にすごく影響していると思います。小学生のとき、父がアメリカに単身赴任していたんですが、ホワイトデーに CD が送られてきたんですよ。それは母がバレンタインデーに贈った詩に父が曲をつけたものだったんですが、その曲を聴いたことがすごく鮮明に、印象に残っていて。ロマンティックでちょっと恥ずかしいんですけど、そういう姿を間近で見ていたから、自分で言葉を紡ぎたいって気持ちが芽生えたのかなと思います。
N°2
自然の表情を感じる
── では、2つめのエッセンスは?
2つめは、自然や風景から何かを感じること。私は普段、空の色だったり夕陽だったり、そういう景色が感情に紐づいて言葉が出てくることが多くて、それが自分らしさにも繋がっている気がするんです。春一番の風が吹いて桜を見たときに、好きだった人の顔を思い出したり。ふとした瞬間に目にした風景で、すごくエモーショナルな気持ちになって、今つらいことがあったとしても、何かきっと乗り越えられるかもしれないって思えたりする。歌詞をつくるときは、そういう自然の表情から紐づいて出てきた言葉をすごく大切にしているんです。
── どこかに行くというよりは、普段の生活の中にある一瞬のシーンということですよね。
そうですね。今は大学と音楽を両立する生活で、あまり遠くに行ったりはできないので、電車やバス、タクシーの中から、空の色を確認したりしています。身近な小さな隙間にあるものなので、移動中はなるべくスマホを見ないで過ごすようにしたり。そうやって自分から解放していかないと、世界がだんだん閉ざされていくような感覚になってしまうんです。
── これまで、とくに印象的だった自然の風景はありますか。
今ぱっと思い出したのは、小学生のときに家族で沖縄の石垣島に行ったときのこと。綺麗な海が静かに流れていて、穏やかな人たちと動物がいて、時間がゆっくりで、すごく印象に残っています。ずっと東京に住んでいたので、まったく違う生活をしている人たちを見て、自分が小さな世界にいるんだなと感じたのを覚えています。落ち着いたら、また旅に出てみたい !
N°3
自分をさらけ出す勇気
── では、3つめのエッセンスは?
曲を書くときもパフォーマンスをするときもそうですが、意識して 「自分をさらけ出す」 ことです。これはここ1年くらいで気づいたことなんですが、それまでの私はどちらかというと保守的で、自分の内側の部分はあまり見せなかったんです。触れられたくないところや敏感なところ、そういう陰のような暗い部分は、さらけ出すことができなかった。
でも YOASOBI のマネージャーさんに、「曲を書くときも歌うときも、自分をさらけ出しているその勇気をみんなはかっこいいと思ってくれる。自分を出すことで初めてみんなの内側に入り込むことができるし、やっぱりそういう状態じゃないと、人の心を揺さぶることはできないんじゃないかな」 と言われたときがあって。すごくハッとしたんです。
私が好きなアーティストさんのライブ映像とかを見るときに、自分が感覚的に思っていたことはそれだったんだなって。歌っているときの顔もパフォーマンスも、やっぱり感情のままに動いているその姿に感動していることに気づいたんです。今まで自分がやりきれていない感じはそこにあったのかと思って、これからは自分の心と向き合って、さらけ出すことを意識しなきゃいけないなと。それは本当に難しくて、今でも悩んじゃうところではあるんですけど……。
── それまでは、どこかモヤモヤする部分があった?
そうですね、自分の書いた歌詞にも歌っている映像にも、納得できないことがありました。やっぱりそれは、やりきれてなかったからなんだなということがわかって。去年の11月くらいから 「Answer」 というソロの曲をつくりはじめて、YOASOBI として紅白歌合戦に出させていただいたのも年末だったので、その時期が転換期だったのかもしれません。「Answer」 では今まで言葉にするのが難しかったことも、ちゃんと書けたような気がしていて。
── 自分をさらけ出していくことで、どんな変化を感じましたか。
やっぱり聞いてくださった方からの反応も違いますし、「Answer」 という曲に関しては、共感してもらえる幅が広がったのを実感しています。誰でも心の中で戦っている自分自身がいて、その葛藤みたいなものと照らし合わせることができたんじゃないかなって。実際に歌っていても、ちゃんと腑に落ちるというか、納得している自分がいました。
アーティストさんたちはずっと、そういう自分との戦いをした上で曲をつくっているんですよね。幾田りらとして自分自身をさらけ出せたこと、そう思えるような作品を出せたことで、ひとつ自信が持てた感覚があります。これからも、そういう曲を出していきたいです。
N°4
心がちゃんと震えていること
── では、4つめのエッセンスは?
これまでの話と似ているかもしれないんですけど、「自分の心がちゃんと震えていること」 を大事にしています。たとえば綺麗な風景を見て、心がぶわっと震えて、それを言葉とメロディにして、そして歌うときまで、最初の気持ちをずっと持ってなきゃいけないなって。
何回も同じ曲を歌うとしても、毎回新しい気持ちで曲と向き合う。そのたびに、自分から出てくるその音に、心が震えてないといけないなって思うんです。
── やっぱり聴いている方にも、伝わってしまいますよね。
そうですよね。作品をつくって、パフォーマンスするところまでが曲だと思っているので、いつも自分の心をそこまで持っていかないといけない。どんな気持ちでレコーディングしたかを思い出して、時間をかけて向き合ってから歌うことを意識しています。
── そういう準備をするとしないでは、まったく違いますか?
さっきお話しした 「さらけ出す」 ことにも繋がってくるのですが、やっぱり正直に向き合っていないと、ばれてしまう。嘘っぽさを感じてしまうと思うんです。だから歌うときは、技術的なこととかは一度切り離して、ひとつの感情を伝える。1曲に対してひとつ芯のようなものを定めて、その1点だけを持って歌うようにしています。
N°5
言葉をしっかり届ける
── では、最後のひとつを。
5つめは、「言葉をちゃんと届ける」 ことです。日本語の曲を歌うときは、歌詞を見なくても言葉がすっと入ってきて、しっかり伝わるようにする。滑舌よくはっきり聞こえるってことだけじゃなく、ひとつのフレーズに対して前に出したい言葉と控えめにしたい言葉、文章の流れの抑揚、足し引きとか。音として聴いたときに、いちばん気持ちよくて、伝えたい言葉がちゃんと届くっていう歌い方を大事にしています。
── それは、最初に自分で決めるんですか?
そうですね。最初に決めて、まず録音して聴いてみて、ちょっと違うなと思ったら直したり。ボイストレーニングの先生に聴いていただいて、アドバイスをもらったり。自分だけじゃなく、客観的な意見を聞きながら、いちばん届く歌い方を考えています。
── 歌うときだけじゃなく、音楽を聴くときも、言葉を意識しますか。
BGMのような感じで、むしろ言葉が入ってきてほしくないときもあったりします。でも、歌として聴く音楽は、やっぱり言葉がしっかり入ってきてほしいという気持ちがあるんです。だからこそ、自分が歌うときは、そういう「言葉の伝わり方」を意識しているのかもしれません。
── 最後に、これから 「こんなアーティストになりたい、こんな自分になっていきたい」 というイメージのようなものがあれば、教えてください。
やっぱり私は、幼少期の頃から、そして活動をはじめたときから、幾田りらというシンガーソングライターであることが軸になっています。だから、今は YOASOBI としてたくさんの方に存在を知ってもらっているぶん、ソロではこんな曲も出てるんだとか、自分のパーソナルな部分もこれから伝えていきたい。曲だけじゃなく、ファッションや、私自身がどういう人かというのを知ってもらって、それで魅力的だと思ってもらえるような人になりたいなと思っています。