「自分たちが幸せになれる服を作り続ける」モリー・ゴダードが紡ぐ夢物語は終わらない
Molly Goddard
photography: michi nakano
interview & text: lisa tanimura
Molly Goddard (モリー・ゴダード) の世界観は、私たちに日常のなかで夢を見続けることの力強さを教えてくれる。
色とりどりの柔らかなチュールは幾重にも重ね合わされることで、強靭な鎧へと生まれ変わる。少女の頃、母親が着せてくれたようなスモックは、より強調されたシルエットとともに女性性を際立てる記号として用いられる。そしてそれらは非日常的でありながらも、決して浮き足立つことなく夢の残像のように日々の風景へと溶け込んでいく。
2014年、ロンドンに彗星の如く現れてから、多くの若手デザイナーが夢見るような成功への階段を駆け上ってきた。そんな彼女も来年にはブランド設立から10年を迎える。先シーズンには今までのコレクションとは趣を異にする、沸き立つような色彩の数々が息をひそめ、より静かな声で語りかけるようなコレクションを披露し、また新たな境地へと到達したように思える。
Dover Street Market Ginza (ドーバー ストリート マーケット ギンザ) でのポップアップのために来日していた彼女が、これまでの物語、コロナ禍を経て思うこと、そして服を作り続ける理由について語ってくれた。
「自分たちが幸せになれる服を作り続ける」モリー・ゴダードが紡ぐ夢物語は終わらない
Portraits
—まずファッションとの出会いについて教えてください。
私はロンドンのポートベロー・マーケットと呼ばれる蚤の市の近くで育ったので、周りには常に面白い服を着ている人がたくさんいました。両親の友人もみな古着を着ていて、そういう着こなしが当たり前だと思っていたんです。なので自分でも古着を買うようになり、そうすることで自分らしいスタイルを見つけることができたのだと思います。そして15歳のとき、John Galliano (ジョン・ガリアーノ) と Alexander McQueen (アレキサンダー・マックイーン) の存在を知り、彼らがともにセントラル・セント・マーチンズ(以下、CSM)に通っていたことも知りました。それで、私も絶対にそこで学びたいと思ったんです。
—彼らの影響で、CSM に進学したのですね。CSM で学んだこと、特に McQueen にも指導した伝説的な教授であった Louise Wilson (ルイーズ・ウィルソン) から教わったことからはどのような影響を受けましたか?
Louise から間違いなく教わったのは、リサーチの仕方や自分のアイデアを明確に伝える方法です。それから限界まで頑張ること。まだできることがある、と生徒の背中を押すのがとても上手だったと思います。CSM では、4年間の BA(学士号) コースを修了して、2年間の MA(修士号) コースに進んだのですが、MA は落第してしまい中退しました。とてもショックでした。でも MA は本当に過酷なコースで、私にはただただ辛く感じられたんです。
—その後、どのようにして自分のブランドを始めることになったのでしょう。
中退したあとは、一年ほどいろいろな仕事をこなしていたのですが、ちゃんとした仕事を得るためにポートフォリオを作った方がいいと思いました。それで、ドレスを15着作り、友人たちに着せてパーティーを開催したんです。その時はファッションウィーク中でしたが、販売用のコレクションを作ったというよりは、ただただ誰かに見せるためのイメージを作り上げようという意図で作りました。でも Dover Street Market と香港のセレクトショップの I.T からコレクションを買いたいという連絡が来たんです。そこから全てが始まりましたね。
—それから3ヶ月間は、朝から深夜まで実家の一室で注文を受けたドレスを作り続けたそうですね。
今考えてみると、クレイジーですね。だって誰かに助けてもらうとか、工場を見つけることもできたのに(笑)。でもおかげで全てを学ぶことができたので良かったのだと思います。あの時作ったドレスの質はあまり良くなかったかもしれないけれど(笑)。
—自分のブランドを始めようとしている人へのアドバイスはありますか?
そうですね。まずはそれが本当に正しいことなのかよく考えることかもしれません。なぜならファッションの世界にはたくさんの刺激的な仕事があって、自分のブランドを始めることが、かならずしも一番クリエイティブなことをするための機会ではないからです。例えば、テキスタイルデザイナーや生地開発もとても素晴らしい仕事です。私はそれなりに創造的に、自由でいることができているので、とても幸運だと思いますが、ブランドのなかで起こっていること全てに目を配らないといけない分、そのことでなにかを作り出すための気力を奪われることもあります。
—他の仕事をやってみたいと考えたことはありますか?
庭師になりたいと思うことがあります(笑)。リラックスできそうなところがいいですね。でもやっぱり他の仕事をすることは考えられません。私の仕事は本当に特別で、素晴らしいものです。一日中美しいものを作っていられるのだから。そのことを本当に幸せに思います。
—あなたはチュールを用いたボリューミーなシルエットやスモッキングといったモチーフを反復的に使うことで、常にユニークで一貫したデザイン言語を貫いてきたように思えます。それはどの程度意図的だったのでしょうか?またデザインにおけるアイデンティティを守り続けることは難しかったですか?
難しくはありませんでした。私はずっと同じものに夢中なんです。コレクションにはそれぞれのテーマやアイデンティティがありますが、私が一番楽しいと感じるのはチュール生地やスモッキング、そしてボリュームを生み出す新しい方法について考えること。だからどのシーズンも、私にとってはまったく新しく異なるものですが、振り返ってみると多くの共通点があるように感じます。 そして私が好きなものはこれからも変わることはないと思います。
—デザインに”醜さ(ugliness)”の要素を取り入れているそうですが、それはなぜなのでしょうか。
醜さは良いものだと思っています。ものすごく醜いものは美しくなります。トゥーマッチかトゥーリトルか、そのバランスを見極め、異なるスタイルを組み合わせると、新しいと感じられるものを生み出すことができます。それに可愛くて綺麗なものは繊細だというイメージがありますよね。私は自分自身がやっていることが繊細だとは思いません。もっと強いものだと思っているし、より強くて頑丈な服を作ろうとしています。ずっと着ることができて、そしていつか誰かに譲ることができる服が素敵だと思います。
—あなたの作る服の多くが洗濯機で洗うことができるものだと聞いて驚きました。
そうなんです。今日来ているこのジャージ生地のドレスも洗濯機に入れて洗っています。チュール生地でも、着古されたり濡れたりして柔らかくなってしまったものが好きです。ボリュームを失って変化したものも面白いですね。どこかに仕舞いこんでしまわずに、たくさん着てもらいたいと願っています。
—コレクションのデザインのインスピレーションは、どのようにして見つけるのでしょうか。
図書館に行くのが大好きです。慣れ親しんだ場所なので、すごく楽なんです。歩き回りながら、適当な本や雑誌を手に取ってみます。自分がどういったものに興味があるのかはすでに分かっているからこそ、たくさんの資料のなかから、その興味の対象を手早く、抽象的なかたちでまとめあげることができる図書館でのリサーチにはとても意味があると思います。ですが参考にするものはさまざまなところから引っ張ってきます。単純に1950年代について調べる、といったことはしません。
−特に気に入っている本はありますか?
『FRUiTS (フルーツ)』が大好きで、よく参考にもしています。『FRUiTS』に載っている人々の服の着こなしは本当に興味深いと思います。それから John Galliano (ジョン・ガリアーノ) のショーのバックステージを捉えた写真集。あとは、Henri Cartier-Bresson (アンリ・カルティエ=ブレッソン) の写真集。ドキュメンタリー写真なのですが、テクスチャーやシルエット、トーンのインスピレーションを探しているときに読みます。
—インスピレーションと言えば、あなたのバッグのいくつかは、日本の都市名や人名がつけられています。なぜなのでしょう?
私たちは全てのアイテムに名前を付けるのですが、大抵は私たちのスタジオにいる人たちが名前を選びます。日本の都市名に関して言えば、去年スタジオの何人かが日本に行く予定があって、そのことをすごく楽しみにしていたからだと思います(笑)。人名は、スタジオで働いている人たちや友人にちなんでいます。
—YouTube にある、ショーの舞台裏とスタジオの様子を映した動画をとても楽しく観ました。スタジオに漂う、家族のような連帯感を純粋に感じ取ることができました。
YouTube に動画があることをいつも忘れてしまいます。撮影するのは楽しいけれど、結構恥ずかしいですね(笑)。スタジオはとてもフレンドリーな雰囲気で、もうすぐサマーパーティーもする予定です。仕事をしているときはとても仲が良いですが、仕事を終え家に帰ってそれぞれのことをする時間もとても大事にしています。働きすぎることなく、パーソナルな時間を持つことが重要ですね。
—とても良いチームなのですね。一緒に仕事をするチームはどのようにして作り上げたのでしょう?
いろいろな方法がありましたが、最初は口伝えや数々の出会いを通してですね。例えば今日一緒にここにいるマネージングディレクターの Tessa (テッサ) は4歳からの友人で、今もこうして彼女と一緒に仕事ができてとても幸せだと感じます。あとはインターンシップや大学在学中に一年間働くことのできるプレースメントというシステムを通してです。インターンとして働いてくれた多くの人は就職してくれます。今はリクルーターを通して人を雇うこともありますが。ともに働く多くの人が、長いこと一緒に仕事をしてくれるので幸運だと思っています。
—ご自身の家族とも一緒に働かれてきましたよね。
スタイリストである妹の Alice Goddard (アリス・ゴダード) はずっと私のショーのスタイリングを手がけてきました。彼女はよりシンプルで日常的なスタイルが得意ですが、私たちはお互いを良い意味で補完し合っていると思います。彼女が私とは違う方法でアイデアを形にするのがとても好きです。一緒に働くのは楽しいですね。彼女はパートナーとともに『Hot and Cool (ホット・アンド・クール)』という雑誌も作っていて、彼らの新鮮で力強い視点は私にも刺激をくれます。それから母は、昔セットデザインの仕事をしていたので、私のショーのセットデザインを手伝ってもらったことがあります。信頼できる人たちと仕事をすることが大切ですね。
—これまでで一番の逆境はなんでしたか?またどのようにして自分自身を立て直しましたか?
ありきたりだけどコロナでしょうか。卸売りのシステムのなかで、私たちはほとんど底辺にいるようなものなので本当に大変でした。それから、最も難しいことのひとつは、ファッション業界で起きている全てのことに流されてしまわないこと。他の企業はたくさんのお金を持っていて、とてつもなく大きなことをやっていて、ファッション全体が見せ物のようになっている。そんななかでも自分たちがやっていることがなにか、そしてなぜそれが特別なものなのかを忘れないようにすることが大事だと思います。
—先シーズンのコレクションのインスピレーションとなったのは、そういった考えだったそうですね。
コロナの前は、年に2回ショーをするだけの、良い意味で小さくインディペンデントなビジネスでした。純粋に服のことだけを考えていて、ショーはその楽しみの一部のようなものでした。ですがコロナを経て、物事のペースが落ちたように思えますが、実際にはよりスピードが速くなって、よりセンセーショナルな瞬間やスペクタクルといったものが求められるようになりました。結局は、お金儲けなのだと思います。店舗はより多くの売上を求めていて、そのためにはより手っ取り早く商品を売らないといけない。でも私たちはファストファッションとは違う。私たちがなにかを作るのには時間がかかります。なぜなら私たちの作るものはとても丁寧に注意深く作られているからです。このやり方を変えることなく、他の人たちのスピードに合わせることはできません。なので私たちは今まで通りのやり方で、時間をかけてきちんとしたものを作っていきます。明確に言いはしませんでしたが、先シーズンのコレクションでは人々にそういったことを思い出してもらいたかったのです。同時に自分自身にも、自分が着ることができる服を作ること、そして服を作るのは簡単ではないのだと思い出させることが大事でした。
—あなたのブランドはクリエイティブなプロジェクトであると同時にビジネスでもあります。ビジネスを運営する上で、学んだ一番の教訓はなんですか?
一番大切なのは、誰に対しても優しく公平であることでしょうか。ともに働いているひとたちが、幸せで自分の仕事を楽しんでいてほしい。それが彼らが作るものにもあらわれてくると思います。私の服は、人々を幸福にし、物事を違う角度から見てもらうためのものなのです。なので、彼らが幸せでいることがとても大事です。
—あなたの作る服を見ていると、一緒に働いている人たちが幸せなのが伝わってくる気がします。ブランドをやっていて、最も嬉しかった瞬間はありますか?
世界中のいろいろな街に旅をして、そこで誰かが私の服を着ているのを見ることができるのは素晴らしいですね。
—今後のブランドの展望があれば教えてください。
服を買ってくれる人たちともっと直接やりとりをしたいので、これからよりオーダーメイドとブライダルの注文を増やしていきたいと思っています。でも、同時に今の私たちであり続けたい。大きな成長を目指したことは一度もありません。自分たちが幸せになれる服を作り続ける、ただそれだけです。