クラシックを重んじ、コンテンポラリーを愛する。ニコラス・デ・フェリーチェが指揮をとるクレージュの未来
Nicolas Di Felice
photography: asuka ito
interview & text: yoshiko kurata
1961年に創立して以来、そのブランドロゴマークを知らぬ人はいない Courrèges (クレージュ)。創業者である André Courrèges (アンドレ・クレージュ) が現役の時から「パンタロンルック」、「ミニ・ルック」、「ボディータイツ」といった代表作の数々で女性の解放を軽やかに推し進め、いまもなお世界中のファンから支持を受けている。まさに親子三世代に愛されるブランドと言っていいだろう。
そんな長い間、常に多くの女性の心を掴んできた Courrèges を更新し続けるべく、2020年に新たなアーティスティックディレクターとして選ばれたのが、Nicolas Di Felice (ニコラス・デ・フェリーチェ) だ。ファッションとは無縁というベルギーの片田舎で生まれ育ったものの、音楽を通してファッションに惹かれ、これまで長年にわたり名だたるメゾンで経験を積んできた。2022年春夏シーズンには、ブランドとして初のメンズコレクションも発表。昨今、メゾンのアーティスティックディレクターにカリスマ的な存在が就任する傾向から、継続的なチームワークを率いる指揮者のような存在の必要性が見直されている。クラシック音楽からテクノまで、あらゆる音楽に触れてきた彼は、いま未来に向けてどのような指揮をとろうとしているのか?
クラシックを重んじ、コンテンポラリーを愛する。ニコラス・デ・フェリーチェが指揮をとるクレージュの未来
Portraits
—幼少期に観ていたMTVをきっかけに、ファッションの魅力に惹かれていったそうですね。
ベルギーの小さな田舎町で生まれ育ったので、そもそもファッションとの接点が皆無だったんです。もしこれがパリだったとしたら、小さい頃から『VOGUE (ヴォーグ)』をはじめとするファッション誌に自然と触れる機会があったんでしょうけど。僕の場合は、唯一 MTV だけが身近な存在であり、刺激となっていました。そこに映るミュージシャンは、それぞれ違ったスタイルや個性を持っていて。徐々にそれらを形作るものとして装いは大切なものなんだと気がついていった先に、ファッションとの出会いがありました。ファッションは、自己表現のためのツールになり得るんだと。その気づきから、変わらず音楽に夢中であるのと同時に、ファッションが音楽の美学に影響を与えていることも意識していました。一体それがどんな職業にあたるのかわからなかったけれど、ファッションとの長い対話が始まるきっかけになりました。
—どのような音楽を好んでいましたか?
幼少期はクラシック音楽が好きで、実際に演奏をしていましたが、13歳の頃にエレクトリックミュージックにハマってからは作曲もするようになりました。父親は、70年代の音楽や Led Zeppelin (レッド・ツェッペリン)、Supertramp (スーパートランプ) などが好きで、姉はヘビーメタル一択。色々な音楽がミックスした面白い家庭環境だったと思います。ライブハウスやクラブに出かけるようになってからは、よりテクノに惹かれていきました。だからといって、ひとつのジャンルにのめり込むわけではなく、今でも Blonde Redhead (ブロンド・レッドヘッド) のようなジェントルロック、テクノ、クラシック音楽も全部好きです。
—ミュージシャンではなく、ファッションデザイナーの道を決意したのはなぜでしょうか?
自分でも不思議ですが、16歳で進路を決めるときに「ファッション」と決めていたんですよね。もちろんクラシックミュージシャンになる選択肢もありましたが、MTV に出演するようなスターを生み出す学校が周辺になかったことも関係して、ブリュッセルにある国立の美術学校 La Cambre (ラ・カンブル) に進学することを決めました。Anthony Vaccarello (アンソニー・バカレロ)、Marine Serre (マリーン・セル)、Matthieu Blazy (マチュー・ブレイジー)、Julien Dossena (ジュリアン・ドッセーナ) などを輩出している素敵な学校でした。決して裕福な家庭ではなかったので、当時1年あたりの学費が800ユーロで収まるのはありがたかった。幼い頃から、一度決めたことはやり遂げないと気が済まない性格なんです。とにかく前に進み続けていたら、今に至ったという感じですね。
—いまでもプライベートの時間で音楽制作をすることはあるのでしょうか?
Courrèges (クレージュ) のショーで親友と一緒にBGMを仕上げることはあっても、BALENCIAGA で働くために24歳でパリに拠点を移してからというもの、しばらく個人制作の時間を作れていません。学生時代は『DAZED&CONFUSED (デイズド・アンド・コンフューズド)』に音楽提供するなど、学業の傍らで音楽活動をしていたんですけどね。つい最近、昔使っていたソフトウェアをダウンロードしようとしたら、Apple (アップル) のOSに対応していなくて使えなかったのが、悲しかったです(笑)。
—MTV で観ていたスターの数々に現在は着用してもらう機会も多いと思いますが、誰か着てほしい永遠のアイドルはいますか?
うーん、選べないですね。なぜなら、色々な人がそれぞれの着こなしをしている姿が好きだから。強いて具体的なイメージを述べるとしたら、昔みんなが Nirvana (ニルバーナ) や The Doors (ドアーズ) に夢中になっていたように、僕にとって Jim Morrison (ジム・モリソン) や、少し文脈は変わりますが Azzedine Alaïa (アズディン・アライア) のような人々は魅力的に映りますね。
—最新の2023年秋冬コレクションでは、猫背で歩きスマホのファーストルックが印象的でした。多くのランウェイでは姿勢正しく凛々しく歩くモデルの姿が美しいとされる中、Courrèges が提示したその佇まいは、とてもリアルなものでした。街中で人々を観察したり、時には写真を撮ってムードボードに取り入れることはありますか?
いつも人間観察しています(笑)。でも、写真は撮りません。服飾学生の時は、よくムードボードを作成するように言われてきましたが、その時から一貫して僕のインスピレーションは、フェスのスピーカーの前で踊っているような女性像なんです。それを写真に記録するというのは難しいですよね。いまでもコレクション制作において、ムードボードよりも僕が考えていること、感じていることをチームに伝えることを大切にしています。アイテムのリサーチでは、膨大な量の画像をキャプチャしています。確か、あなたが髪につけているヘアクリップと似たものもリサーチした中にあったず……探すから少し待ってね。
—すでに10回以上画面をスクロールしていることが、リサーチの量を物語っていますね。
そうだね(笑)。常に肌身離すことなく、携帯にスクリーンショットをためていて……あ、ほら、このゴールドのヘアクリップ似てるでしょう?
—本当ですね、まったく一緒!携帯を常に手にしているご自身の様子も、2023年秋冬コレクションとまさしく同じですね。機械音声が「Is the sky blue?(空は青色?)」という質問を繰り返す中、スモークからモデルが歩きスマホしながら登場する演出には、どのようなメッセージを込めたのでしょうか?
小さな会場の中央に漂うスモークの中を4人のモデルが歩き回りながら、1人ずつランウェイに登場する演出でした。スモーク内で周りが見えない様子には、まさに携帯に没入していると隣の人すらも見えなくなるようなイメージを重ね合わせました。そこに淡々と機械音声が会場に響き渡りますが、それは僕からしてみれば「窓の外を見てごらんよ」と思うような、馬鹿げた質問です。そうした新たなテクノロジーに人々が中毒性を持ってしまう状況を会場では描き出しました。
—新たなテクノロジーといえば、AIが注目を集めていますよね。デザインプロセスにおいてAIを利用する可能性はありますか?
クリエイティブにおいて、AIはまったく使いません。むしろ怖いと感じているくらい。最近も「Sony World Photography Awards (ソニーワールドフォトグラフィーアワード)」の受賞作品が、実はAI生成によるものだと受賞者本人が発表して物議を醸していましたよね。先ほどお話しした通り、僕自身、四六時中携帯をスクロールしているような人間なので、新たなテクノロジーに対して否定的なわけではありません。その一方で、人間の仕事を奪う可能性や、なりすましといった犯罪のリスクを持つものにわざわざ加担したくない気持ちもあります。クリエイティビティにおいて欠かすことのできない、人間が持つ優しさや感情、心を大切にしたいので。
—昨今、クリエイティブ業界で意見が分かれるトピックですよね。これまでのお話を聞く限り、あなたがいかに現実世界で人間の心を動かすものを大事にしているかが少しずつわかってきました。
街を見渡せば、まだまだ多くの人が現実世界で暮らしながらクリエイティブな仕事をしていますよね。そんな中で、あらゆる危険性を横に置いて、スピーディーな開発に投資することに対して、なんだか不思議に思ってしまいます。以前デートアプリを使っていたときに、ふとスワイプしながら、人となりを知らない人物を写真だけで判断して、その結果をアルゴリズムが即座に学習しながら、次々に写真を提示するなんて変だなと思って。これだけ素晴らしい人々が世の中には溢れているのに、さまざまな可能性を失ってしまうなんて悲しいことですよね。
—社会を観察する中で、最近気になることはありましたか?
最近は、ニューエイジが気になります。自分らしい幸福のあり方を求めて、ロードトリップに出かけたり、神秘的で秘伝的なものに惹かれて人々が集っているんです。実際にたくさん石を買っては、クオーツを僕にくれる友人もいます。それは一見、曖昧なものを頼りにしているように見えるかもしれません。でも現実社会でストレスを受けながら、パラレルワールドを信じる人は、今までと違った方法で新たな冒険に出かけているとも言えるのではないでしょうか。
—新たな技術発展は、カウンターも含みながら時代に変化を起こしていくかと思います。Courrèges のアーティスティックディレクターに就任3年目となる来年以降、改めてブランドの未来像をどのように描いていますか?
急激な成長よりも、継続性を常に大切にしたいです。そのためには、さらにチームを拡大していきたいです。スタッフが日頃からヘルシーな状態で、余白の時間を持ってインスピレーションを感じられるような長距離並走できるチームワークを作りたいです。アイテムラインナップについても、今年に入って展開した5つの香水がありがたいことに好評だったこともあり、よりブランドの世界観が伝わるアイテムを拡張していきたいです。今回来日したきっかけでもある DOVER STREET MARKET (ドーバー ストリート マーケット) をはじめ、実店舗を通して新たな領域やお客様に出会える機会も、今後増やしていきたいですね。
—今回こうして対面でご本人の雰囲気を感じながら、人間味溢れるお話が聞けて、なんだか安心しました。ありがとうございました。
そう言ってもらえて、嬉しい限りです。普段は違ったバックグラウンドを持って、パリと東京という離れた場所で暮らす僕たちが共鳴するなんて、素敵なことですよね。こうしてあらゆる人々と対話を通して気持ちが通じ合うたびに、ファッションデザイナーという仕事をやっててよかったと感じるんです。