「ルールを愛しながら、それを破ることも同じように愛している」トム・ブラウンがファッションに見る無限の可能性
Thom Browne
photography: masayuki ichinose
interview & text: shunsuke okabe
均整の取れた体格を引き立てる、タイトフィットなグレースーツ。膝上丈のショーツに、4本線のソックス。ブランドの象徴的なトリコロールのグログランリボンが内側から覗くカーディガン。たったこれだけ書いただけで、きっとあなたの脳裏にはある人物の顔が思い浮かんだに違いない。
Thom Browne (トム・ブラウン) が、5型のスーツを初めて製作したのが2001年のこと。そこから24年という歳月の中で、彼が作り出すグレースーツは、ファーストレディからヒップホップシーンのレジェンド、オスカー俳優、はたまた東京のファッションキッズに至るまで、世界中に信者を生み出してきた。彼の半生を、Reiner Holzemer (ライナー・ホルツェマー) がとらえたドキュメンタリー映画『トム・ブラウン:夢を仕立てる男』の一夜限りの上映のために来日した Thom Browne に、クリエイションのルーツや原動力について訊いた。
「ルールを愛しながら、それを破ることも同じように愛している」トム・ブラウンがファッションに見る無限の可能性
Fashion Design
—ドキュメンタリー映画『トム・ブラウン:夢を仕立てる男』を拝見して、まず印象的だったのは序盤で登場した2023年7月にパリで発表されたオートクチュールコレクションの様子です。現地でショーを拝見したときの感動が今でも鮮明に脳裏に刻まれています。当時のことを振り返って、どんな心境でしたか?
もちろん緊張もありましたが、興奮が勝りますね。これはプレタポルテのショーでも同じことなのですが、毎シーズン自分がコレクションを通して伝えたいメッセージが、過不足なく観客に伝わるだろうかということを何よりも大切にしています。その点において、初のオートクチュールコレクションは、それまで積み上げてきたブランドとしての実績や評判、イメージに対して、Thom Browne はかくあるべきという姿勢を見せられたと実感しています。
—パリ・オートクチュールといえばモードの最高峰の舞台でショーを発表するというのは、ブランド設立当初からの目標だったのでしょうか?
ブランド立ち上げ当初は、考えもしませんでした。それまでプレタポルテ形式で発表していたショーも、創造性、技術面双方においてオートクチュールとひけをとらないクリエイションを発表してきた自負があるので、制作面ではさほど大きな違いはありませんでした。
—Thom Browne のランウェイショーといえば、まるで舞台のようにシアトリカルな演出で知られています。ショーのコンセプトはどのようにして生まれるのでしょう?
日々過ごす中で得られるアイデアにインスパイアされるので、これといった決まりはありません。映画や小説などをテーマにすることも多いですが、常に立脚するのはテーラリング、つまりグレースーツの可能性という発想です。古典的なイメージがあるグレースーツと向き合うことで、新しい視点を見る人に与えたい。デイリーに着られるグレースーツも、ランウェイピースも、その点では同じコンセプトで制作されています。

—6月にオープンした銀座旗艦店では、今年の5月に開催された「メット・ガラ」でセレブリティのために製作した特別なクリエイションが展示されています。Thom Browne のルックを纏うセレブリティを見ると、どこか共通点があるように感じます。さまざまな分野で、境界線を押し広げるような思想を持っているとでもいいましょうか。
そんな風に見てもらえて嬉しいですね。私とセレブリティの関係を一言であらわすとしたら、リアルであるということ。マーケティングやSNSでのエンゲージメントのための関係ではない。実際レッドカーペットで指名してくれるセレブリティは、そのほとんどが昔からの友人であったり、元々 Thom Browne のスーツを愛用してくれている人たちです。違いをリスペクトするリアルな関係だからこそ生まれる、リアルなクリエイションを作り続けたいと思っています。
–ランウェイを見てもその関係性が見て取れますね。例えば、伝説のモデルの Debra Shaw (デブラ・ショー) は、度々 Thom Browne のランウェイでアイコニックなルックをまとって登場しています。
彼女は私にとって、そして Thom Browne というブランドにとって特別な存在。仕事に対する理解と敬意がある、本物のプロフェッショナルです。
—ブランド立ち上げ当初の話についてお聞きします。はじめは自分のために制作したというグレースーツですが、独特のフィット感や短めの丈など、今の Thom Browne を象徴するスタイルがすでに確立されていました。このスタイルに行き着くまでに影響を受けたアイコンなどはいたのでしょうか?
ヒントになったのは1950-60年代のアメリカのメンズ・テーラリングですね。特に John F. Kennedy (ジョン・F・ケネディ) の洗練された装いにインスパイアされました。当時と今では価値観が全く異なりますが、よりシンプルだった時代の装いの考え方に着想を得ながら、普遍性のあるスタイルを生み出したいと考えました。
—紳士服には厳格なルールが存在しますが、一方でハイファッションには無限の自由が約束されています。Thom Browne のクリエイションにおいて、ルールと自由はどのような意味があるのでしょう。
私にとってルールは制約ではありません。むしろ、ルールをどのように捉えるかによって、無限の可能性を見出すことができる。独自の視点を持つかによって、ものごとの見え方は変わるもの。ルールを愛しながら、それを破ることも同じように愛しているのです。
—Thom Browneらしい装いのルールを教えていただけますか?
クラシックなアイデアを少しだけ変えるということ。例えば、美しく仕立てたジャケットとトラウザーズには、あえてアイロンをかけていないシャツを合わせるのが好きですね。全てを完璧に仕上げすぎないのが私の哲学です。
—世界情勢や政治において不安定な状況が続く昨今ですが、不確実な時代においてファッションはどのようにポジティブな影響を与えられると思いますか?
自分のクリエイションを政治と関連づけるのは好きではありません。ファッションは社会を映し出す鏡であると同時に、より純粋な自己表現であるべきだと考えています。装いを通して自分自身を向き合うこと、そしてそれを表現する自由があることに何よりも価値があると思っています。
—2023年にはCFDA (アメリカファッション協議会) の会長に就任するなど、アメリカのファッション業界を象徴する人物として、アメリカらしさとは何を意味しますか?
アメリカらしさとは、すなわち自由であること。自身のアイデンティティにプライドを持ち、それを自由に表現できることです。
—ブランド20周年を経て、Thom Browne の現在地を教えていただけますか?今後のビジョンはありますか?
具体的な目標などはとくに掲げていませんが、やりたいことは無限にあります。それらを毎シーズンのコレクションで表現し続けるのがビジョンです。
—2018年にはゼニア・グループ傘下に入りましたが、クリエイティブ、ビジネス面においてどのような変化がありましたか?
基本的には何も変わっていません。もちろん新しい組織の中で伴う責任はありますが、ビジネスの成長のためにクリエイティビティを犠牲にすることはあり得ません。Thom Browne というブランドにとって、クリエイティビティこそがビジネスの根幹なのです。
ー今年の6月には銀座のフラッグシップストアがオープンしました。Thom Browne というブランドにとって日本はどういった位置付けなのでしょう。
日本は Thom Browne にとって非常に大切なマーケットです。私のクリエイティビティを、ほかのどの国よりも早く理解し、評価し、受け入れてくれた。NYに次いで初めて店舗をオープンしたのも東京、青山です。来日するたびに日本とは強い繋がりを感じます。日本人は伝統や歴史を重んじる一方で、それとは全く異なる考えや、新しくて面白いアイデアに対する興味関心も非常に高い。ブランド立ち上げ当初、まだ世界中の多くの国で受け入れられなかったスタイルを、唯一理解したのが日本でした。












