無自覚な個性が立ち上がる、山野アンダーソン陽子のガラスのうつわ
Yoko Andersson Yamano
photography: Local Artist
interview & text: Tomoko Ogawa
10代で出合ったガラス作品の透明さと、そのわからなさに惹かれ、独学で調べ、学び、20代でスウェーデンへと渡ったガラス作家、山野アンダーソン陽子。液体と固体の間を行き来するガラスは、彼女にとって、均一ではない人間とその個性、行為そのものを映し出す鏡でもある。ストックホルムの工房で、1点ずつ手吹きでテーブルウェアを生み出す山野は、クラフト、デザイン、アートといった垣根を生活という実感で軽やかにつなぐ。現在、Vague Kobe (ヴァーグ コウベ) で、写真家・三部正博との展覧会「Longing for Grey」(1月19日まで)が開催中。ガラスを介して、人と世界の関係を見つめる彼女の思想をひもとく。
無自覚な個性が立ち上がる、山野アンダーソン陽子のガラスのうつわ
Art
—12歳か13歳のときに、スカンジナビアの展覧会でガラス作品を見たことをきっかけに、ガラスを学び、いまだにつくり続けているわけですが、当時なぜそこまで惹かれたのだと思います?
たぶん、ガラスがあまりにも身近ではなかったからだと思います。知らなさすぎて、逆に探究心に火がついたというか。他のマテリアル、例えば、竹細工は学校でやったり、身近なものが編み物だったり、陶芸も身近にあったけれど、通常だと、小学生のときにガラスのつくり方なんて知らないじゃないですか。両親がガラスの仕事をしていたり、近くにガラスの工場がない限り。私も全くわからなかったし、なぜガラスは透明で、そもそも陶器と何が違うんだろう?といった疑問を図書館で調べてるうちに、文献があまりにも少ないと気づいて。それで神保町へ行って、本屋さんでいろいろガラスの本を探しました。
—それは、中学生や高校生くらいの話ですか?
そうですね。中学生の頃は学校や近所の図書館に行ったり、たまたま親戚に藝大を出て、フランスでずっと画家活動をしていた方がいたので、その人やほかの大人たちにも話を聞きに行ったりしました。今みたいにインターネットがある時代ではなかったので、全部自分で調べるしかなかったんですよね。だから、とにかく時間がかかりました。アメリカのシアトルで、スタジオグラス (工業製品ではなく、アーティスト自身がスタジオで制作するガラス作品や、その運動) ができるという情報を得ても、資料が英語だったりして。そうこうしていろんな情報を集めているうちに、ガラスと言ってもさまざまなことがわかってきました。そこで、「自分がやりたいこと、学びたいことは何なんだろう?」と考えたら、やっぱり人の生活に根付いていることがしたい、道具をつくりたいと思うようになったんです。
—調べていくうちに、フォーカスが定まっていったんですね。
そうすると、自分の興味が向かないものがわかるんですよね。もともと私はガラスが「液体」だという点に強く惹かれていたので、固体でもどこか流動感を感じるものが好きだと気づいたんです。家にあったドリンキンググラスは、プレスグラス (溶けたガラスを金型に流し込み、プレスして成形する技法) だったので、あまり液体感を感じられなくて。そこからスタジオグラスだったり、最終的に、スウェーデンのマスプロデュースされたクラフトというものに興味を持つようになりました。
—最初から、海外で学びたいという思いはあったのでしょうか?
12歳か13歳くらいの頃、叔父から、「僕が君の年齢で君の立場だったら、ガラスを日本ではなく海外で学ぶな」と言われたんです。「なぜ?」と尋ねたら、「日本のガラス工芸は、陶芸の延長として考えられてきたから、陶芸を基軸にした後にガラスを学ぶと陶芸脳になってしまう。だから、やりたいガラスを学べる場所を見つけて、そこで勉強するだろうな」と言われて。そして、「若いうちに興味を持てることをいろいろやっておくと、今はガラスに直結しなくても、つながっていくから、初めからガラスだけに絞って勉強しない方がいい」みたいなアドバイスももらって、なるほどと思ったんです。
—素敵な叔父さんですね。
素敵でしょ。それで、「高校から向こうで勉強したい」と親に何度も掛け合ったんですけど、「せめて高校の教育は日本で出なさい。それでもガラスを勉強したかったら、お金は出さないけど好きなようにしたらいい」と言われて。親へのプレゼンが通らなかったんですよね。たぶん、彼らは学業は母国語の方がしっかり学べると考えていたんだと思います。当時は、留学すること自体、そこそこ大きな決断だったので、親も子どもを国外に出すことが不安なわけです。言葉がわからなくてもどうにかなるのは、中学生頃までで、高校・大学レベルでもっと真剣に学びたい科目があっても、言葉がわからないと難しいという現実は、のちに自分も思い知ることになりましたし。スウェーデン語も英語もわからなくて、自転車を泣きながら立ちこぎするぐらい悔しい思いはしたので。それで、数学が大好きなので、私立の理系高校に進学しました。それなりに勉強はしていましたが、名門大学を目指してとことん勉強している周りと自分は違うと感じていました。その学校に交換留学制度があってアメリカに行ったときに、言葉がわからないと何もできないと実感したんです。それで、大学も日本で行くことにして。
—そこでガラスを学ぶんですか?
いやまだです。衣食住って言葉があるじゃないですか。食は、おばあちゃんのお手伝いをしたり、自分も料理が好きだったり、つくらなきゃいけない環境があったりしたので馴染みがあったんです。でも、衣に関してはわからないことだらけだったので、大学ではファッションとテキスタイルの勉強をしました。大学時代にイタリアにヴェネチアングラスを見に行ったりもしましたが、自分としては、高級品や嗜好品のようなアート性の強いガラス作品には馴染みが持てませんでした。高校や留学先で、たまたまスウェーデンに縁のある人との出会いもあって、 スウェーデンのガラスメーカーの工場があるコスタボダの職業養成学校で学べると知り、大学卒業後に奇跡的にそこで学べることになって。
—ベースに、絵画やテキスタイルがあったんですね。
絵のコースも取っていて、描くことが好きだったから、ガラスをつくるときもスケッチを描くんです。自分がイメージしたものをスケッチブックで初めて描くときと、ガラスとして仕上がったときの見え方が違うという経験をして、当たり前だけれど、3D なんだと実感しました。自分は2D の世界で生きていたんだなと思って。そういう新しい発見が面白くて。それに、難しかったんだと思います。自分が工房で実際にやってみないとわからないことが多かったし、ガラスに関してわかりやすい方程式がなかったから。
—確かに、ガラスの重みや取り扱いの難しさって、一度持ってみないとわからないというか、想像ができないですもんね。
そうなんです。ガラスは陶器と比べても、実際の重みが見た目で伝わりづらいんです。つくるときもそれは意識していて、例えば、ハンドル付きのピッチャーは、持ち手に素材感を出したいので普通のものよりもわざと分厚くしています。でも、ボディが重いと扱いにくいので薄くすると、厚みの違いから割れてしまうこともあって。そうならないように、不安定さが出ないバランスを考えるんです。
—わからないものとして出合って、そのままつくりつづけているけれど、飽きはこないものですか?
飽きてますよ。ガラスを吹いてるときは本当に暑いし、めちゃくちゃ汗もかくし。作業してる間は集中しているので飽きる余裕なんてないですが、作業し終わった後は、「もう二度とこんな肉体労働はごめんだぜ」と毎回思います (笑)。でもやるけど。
—当たり前に、やるものなんですね。
そうですね。朝起きたら、コーヒーを飲むけど、ふとした瞬間に、「私コーヒー好きなのかな?」と考えると、「好きだから飲んでる」と思うみたいに、いちいち「よし! ガラスを吹くのが楽しいぞ」みたいな感慨はないですね。ただ肉体労働なので、そのときの気分と調子が影響するんです。調子がよくて、予想以上の数をつくれたりすると調子に乗ります。逆に、何をしても調子が悪いときもあるし。そういうゾーンに入ってしまうと、つまらないし、やりたくないなとも思います。体調のアップダウンが激しいと制作に影響するので、近年は睡眠をしっかりとって、お酒を飲みすぎず、だんだん自分を無の状態にすることを意識するようになりましたね。
—ガラスが「同じもの」ではなく、「同じようなもの」であることに惹かれたそうですが、山野さんの作品も、同じ名前のアイテムであっても、一つひとつがすごく違いますよね。
まず、人ってみんな違って、それが個性ですよね。例えば、私がすごくいいと思う、
—未知数ですもんね、どんな人が使うかは。
そう。レストランへの仕事も好きで、自分も飲食業だと思ってやっているんですね。レストランは、何を容れるのか、どのくらいの量なのか、どんな棚に収納するのか、食洗機にかけるのかかけないか、という使用目的が明確にあるので、そういう依頼の場合、ある程度同じようにはつくります。それでも、なんとなく同じようなものがいっぱい並んでいるのを見ると、面白いなと思うんです。
—さっき、「液体感」と話されていたことと通じますね。
ボコボコした方が、流動感は出ますよね。もっと言えば、人生において何をするときも、「選べる」ということは、幸せで豊かなことだと思うんです。どこから取っても同じというものよりは、比べてみて、「自分はこのガラスがいい」と思ったから持って帰って使っていると思う方が豊かですよね。「個性を出しましょう」と言われたら出し切れなくても、いざ選ぶという行為にも、個性が出るものだから。誰にも知られていない、自分すら気づいてないかもしれない無自覚の個性が、私は意外と大切な気がしているんですよね。
—ガラスそのものが、無自覚な個性みたいな印象があります。
そう。透明だし、歪んでいるけれど、表向きはわからないんですよ。選ぶときの個性って、マテリアルやデザインをよく知っていなくてもいいし、単にこれが好きという理由でいいものだし、そこに不正解はないじゃないですか。自分が好きなものを自分の好きな通りに選んでいるわけだから。使う人の個性が少しずつ見えていくような、わかるようなものづくりをしたら面白いと考えていて。その些細な個性みたいなところが、自分たちが一番しっくりくる、誰にもジャッジされない個性の豊かさだと思うんですよね。
—透明だから、些細な個性に寄り添えるというのもありそうですよね。
透明というのは、私の中で大きくて。「なぜ、透明?」と思うじゃないですか。初めはガラスが透明なことがすごく不思議だったんです。溜まりや薄くなってるところもあって、いろんなものを反射するし、他にはないものだから、透明であることに興味が湧いたんだと思います。石やプラスチックの透明さとも違って、使うとなったときの、訳のわからない透明感は何なんだろうと。光、影、置く場所によって、見え方が変わるから。
—行為を見たときに、ものづくりのインスピレーションを得られるとか。
本当に申し訳ないけれど、近所の森、山、湖とかにも行くんですけど、私、結局そういうところではインスピレーションは全く得ません。人間がいるところにしか、インスピレーションを得ないですね。だから、ほかの国へ行くときも、必ず工事現場、スーパーへ寄ります。美術館に行っても、ついつい人の動きを見てしまう。カフェ、レストランでも、誰かが働いたり、何かをしているところや機能を見ているのが好きで。
—人の機能を見ていると、アイデアが浮かぶんですか?
工事現場の作業服のポケットの位置も、彼らの行為のしやすさにつながっているわけなので。知らない土地のカフェに行ったら、その長さのスプーンを使うのかとか、コースターがグラスにつかないようにこんな工夫がされているのかとか、違う国だからこその細かいアイデアを見ますね。スーパー、工事現場、学校のような、できるだけ単純に機能させようとしている場所こそ、違いが出てくるなと思っていて。あとは、実は気づいてないけど、みんながよくやってしまう行為を発見するのも好きですね。
—例えば、これまでどんな行為を発見したんでしょうか?
スウェーデンだと、展示会のオープニングでお花やワインをもらうことが多いんです。結局ワインはそこでみんなで開けて、花瓶がないから、飲み終わったボトルにもらったお花を入れる。だから、ギャラリーに行くと、空のワインボトルがたくさん並んでいて、そこに花が挿されている光景がよくあるんです。それを見て、ボトル型の花器をつくってみよう、みたいに思いつくことはありますね。
—山野さん発案で、写真家の三部正博さんとグラフィックデザイナーの須山悠里さんとともに2018年から行っていたプロジェクト「Glass Tableware in Still Life」は、展覧会「ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家」というかたちで2023-2024年にかけて巡回。同時に、プロジェクトを綴ったエッセイ『ガラス』 (ブルーシープ) と作品集『Glass Tableware in Still Life』(torch press)をも刊行されましたが、この壮大なプロジェクトを始めた理由を聞いてもいいでしょうか?
理由は明確で、スウェーデンはガラス産業の中心地ですが、そこで生まれ育って、代々ガラスを吹き、ガラス産業に関わってきた人たちの工場が潰れそうになり、合併したり、職を失ったりしているという話を聞くたびに、「なぜ?」と思うんですね。そこにはいろんな理由があって、技術を身につけるのには時間かかるので、その技術を取得して継続することが重宝される。つまり、長く勤めている人を大事にして、勤務歴が短い人から足切りされるので、若い人が育たない。だから、産業が小さくなっていくし、未来がないんですね。もしかして、私たちはガラスをわかるだけの人たちがいる巣に閉じ籠っているのでは?と感じて、発想を変えるしかないと思ったんです。
—閉じているものを、開いていこうと。
今までガラスのことなんて1ミリも考えてなかった人たちに、ガラス食器やこの技術が存在してるということを知ってもらいたくて。どう伝えたらいいのかなと考えていたときに、須山さんから「本をつくりませんか?」という依頼をいただいて、最初は、ガラスという機能のあるものをつくっているのに、本にしてしまったら、機能がわからなくなると思ったんです。でも、いろいろと考えた結果、本は割れないし、複製できるし、残るから、いろんな人に渡る可能性があるというところから派生して、その後「美術館で展示したら面白いんじゃない?」という話をもらって、展示につながっていきました。
—プロジェクトを振り返ると、どんな体験でしたか?
ガラスだけでやれたらいいやと思っていたけれど、ガラス食器のアプローチもいろいろあるなと気づけました。ガラス食器を語る本も、ガラス食器のアートブックも、今私がガラス食器について話していることも、ガラスの表現なんだなと。物自体が手の中に存在していなくても、ガラス食器を理解してもらえるので。ガラス産業を潰さないことが目的、というよりも、私はスウェーデンで古くから使われてきた技術を使って、工房で制作しています。人件費がかさむことで使われなくなってきた技術ですが、それでつくったものは、飲み心地や触感がやっぱり違うんです。その違いが大切だと私は思っているから、なくさないためにも、仲間や理解者を増やしていきたいんですよね。今やっていることを続けていくために、変わりたくないから、このプロジェクトをやらせてもらったので。
—現在、三部さんとの展示「Longing For Grey」が Vague Kobe で開催中ですが、三部さんの写真とのコラボレーションにはどのような発見があるのでしょうか?
結局、クリアガラスを写真にするときの違いって、光をどう捉えるかですよね。光を意識して、自分が表現したいこととまた違うけれど、誰か共感できる方がいないかなと思っていたときに、たまたま取材に来てくれた三部さんと会ったんです。自分が見てる世界と、三部さんが撮った写真が違って見えて、
—それで、「Longing for Grey」なんですね。
私は、スウェーデンの冬のグレー、落ち込んだ暗いトーンの光が落ち着くというか、すごく好きなんですね。たぶん、ガラスがいつも熱くて溶けて明るいから、その暗さに耐えられるんだと思っているんですけど (笑)。秋口に、三部さんがスウェーデンの風景を撮影しに来たときも、私が晴れ女なので、晴れちゃうんですよ。それで、一生懸命、グレーを待ち望んだので、「Waiting for Grey」と初めは考えていたのですが、夫が「Longing の方がいいんじゃない?」と提案してくれて、今のかたちになりました。
—新たに進行中のプロジェクトもあるのでしょうか?
今まさに、新たなプロジェクトが始まっていて、「オイシサノトビラ」という HP で、私の場所を持たせてもらうことになりました。「何でも好きなことをやっていい」と言っていただいて、「おいしさ」についてのいろんな可能性を考えたときに、今は写真映えするものでおいしさを測ろうとする傾向が強いけれど、本当の意味でのおいしさは伝わりきれてないのでは?と思ったんです。だから、私は写真ではなく、文字のみにしようと決めて。写真と文字を組み合わせてしまうと、写真の方が印象が強いから、自分が表現したいことを写真で表現しなきゃいけなくなるけれど、私は写真家ではないなと思って。それで、グラフィックデザインを山下ともこさんにお願いして、二週間に一度、執筆をすることになりました。おいしさを空想するというテーマで。
—妄想食事会のような?
リアルに食事会をするのではなくて、「おいしさ」にまつわる仕事をするときに、理想と現実があるわけですよね。例えば、私だったら、もし1時間で500個のガラスを吹くことができるなら、学校給食も可能な限りガラス食器にしたいと思うんです。スウェーデンにたくさんある難民キャンプでも、ドリンクグラスを全部セットでつくりたいけど、1時間で500個は絶対につくれないんですね。しかも、現実的に、どこから資金を出すのか?という問題が出てくる。
—それは楽しみです。エッセイ本『ガラス』の中で、スウェーデンで、山野さんが、「クラフト」と「アート」のどちらをやっているのか、と聞かれた話が出てきて、どちらもあるものだと書いていらっしゃいましたが、かつてはその二つが二項対立として捉えられてきた時代もあると思うんですね。この二つが分けられていることを、山野さんはどう考えていますか?
これがデザインなのか、アートなのかクラフトなのかを分けるのは、評論家の仕事ですよね。でも、つくってる人は、例えば、「お茶を飲みたいからティーポットが欲しい」という目的でつくってもいいと思っています。私は目的を持ってつくっていて、それをアートと呼ぶ人もいるし、クラフトと呼ぶ人もいるし、デザインと呼ぶ人もいるし、どう呼ぶかは自由でいいですよね、きっと (笑)。特に、スウェーデンのつくり手の場合、つくった理由って、「いいことを思いついたから」だけなんです。助成金を国に申し込むときの私の肩書きは、「Konsthantverkare」なんですが、「Konst」がアートで、「hantverkare」が手をつかったクラフトマンという意味。職業としてアートが頭に付いているんですね。私の工房のチームのメンバーも、Konsthantverkare ですが、彼らは私とは違って彫刻のように機能のないものもつくってます。でも、私たちの職業は一緒なんです。
—なるほど。
Konsthantverkare は、自分の表現を自分でつくれる人のことなんですよね。細かく言えば、いいアイデアが浮かんで、ガラスでこういうものをつくりたいと思っても、つくれないから私たち Konsthantverkare に依頼する人が、アーティストと呼ばれる。でもそこでできたものが、クラフトベースだったら、クラフトアートになるわけです。クラフトアートの定義もいろいろありますが、それはその定義を勉強した人が定義すればいい話で、ボーダーレスでものは存在してると思うから、対立しなくていい。もっと言えば、私はアートは生活の中にあると考えているので、家事もクリエイティブなアートだと捉えているし、そこで使うものもアートになり得ると思っていて。かつアートはゴミにもなり得るので、アートが偉いわけでも—。
—クラフトが偉いわけでもないですね。機能のないものがアート、という考え方がもう過去のものですもんね。
そうそう。だから、アートになりたいわけでもアートになりたくないわけでもない。ボーダーをつくること自体が意味ないと思います。例えば、「あなたは何人ですか?」と聞かれたら、パスポート上、「私は日本人です」と言うけど、実際のところ、人生の半分以上、私はスウェーデンにいるので、そう名乗って申し訳ない気持ちになるくらいスウェーデン人の思考なわけです。だけど、「スウェーデン人です」と言えば、「スウェーデンのパスポートは持ってないですよね」と言われてしまう。だから、肩書きやボーダーみたいなものって、要らない気がするんですよね。伝えるために、わかりやすさみたいなことが必要なときもあるけれど。
—最後に、今、かつての山野さんのように、何かすごく気になるもの、惹かれるものがあるという人に、何かヒントになることがあれば一言いただけますか?
人それぞれだと思いますし、アドバイスみたいなことは全く思いつかないですが、自分のやっていること、選んだ道に責任を持てさえすれば、何をしても、どうあってもいいと思います。あとは、元気が一番です!













