Nicolas Dewitte
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「香料は映画に登場する俳優たち」。ニコラ・ドゥウィットが描く香りの物語

Nicolas Dewitte

Interview & Text: Shun Tagoyama
Edit: Miku Oyama

Journal/

2024年にパリで誕生し、昨年秋に日本上陸を果たしたフレグランスブランド CHAMBRE52 (シャンブル サンカン ドゥ)。クリアガラスにボールドのキャップを合わせた端正な佇まいと、繊細で奥行きのある香りが、ブランドならではの美学を映し出している。クリエイティブ・ディレクターを務める Nicolas Dewitte (ニコラ・ドゥウィット) は、 ブランドを立ち上げてわずか1年足らずで、「Tobacco Memories (タバコ メモリーズ)」がフランスの香水業界を代表するアワード「Fragrance Foundation France Awards 2025」の最優秀ニッチフレグランス賞を受賞するなど、その香りは早くも高い評価を得ている。

そんな華々しいキャリアとは裏腹に、実際に言葉を交わすと、気さくで飾らない人柄が印象に残る。こんがりと焼けた肌に、自由で軽やかな佇まい。これまでに巡った国は70カ国以上に及ぶという、旅人の一面も持ち合わせている。CHAMBRE52を象徴する6つの香りもまた、そんな彼の旅の記憶から生まれている。旅先で綴った物語を起点に、出会いや愛、そして人生のある瞬間に抱いた感情を香りへと昇華してきた。どこか親密でセンシュアルな香りを生み出しているのは、自身の感情にどこまでも素直な彼の感性なのかもしれない。伊勢丹新宿店 サロン ド パルファン2026年にて新作の先行ローンチを控える彼に、新作のローンチを控える彼に、物語はいかにして香りへと姿を変えるのか、その独自の制作プロセスについて語ってもらった。

「香料は映画に登場する俳優たち」。ニコラ・ドゥウィットが描く香りの物語

—まず、10月7日(水)に発表された新作フレグランス「Tobacco Memories Extrait (タバコ・メモリーズ・エキストレ)」についてお伺いします。本作は、どのような物語や着想から生まれ、どのようなプロセスを経て完成したのでしょうか。

新作の「Tobacco Memories Extrait」 は、「Tobacco Memories」の記憶や魂をさらに深く掘り下げた作品です。「もっと深く潜ってみよう。ニコラ、まだ語れることがあるはずだ」と、自分自身を後押しするような気持ちで制作しました。オリジナルの「Tobacco Memories」は、サンパウロの旅からパリへ戻る前夜に綴った物語がもとになっています。街を歩き、バーでゆっくりと時間を過ごしたあと、ホテルの「52号室」へ戻りました。そこで最後の一杯を片手にパソコンを開き、自分の記憶をもう一度辿っていたのです。

人生には美しい思い出もあれば、苦い思い出もあります。前へ進むためには、そうした記憶と向き合い、受け入れることが大切なのだと思います。あの夜はとても内省的で、強い感情に満ちた時間でした。そこで生まれた感情こそが「Tobacco Memories」の大きなインスピレーションになっています。だからこそ、この香りは最初に強いインパクトを与えながら、時間が経つにつれて穏やかで前向きなムードへと変化していく。これは、記憶を受け入れることができれば、また次の一歩を踏み出せるという自分自身の感覚を表現したものでもあります。自分の記憶や心の奥深くにある感情に向き合い、それをできる限り香りに落とし込んだ「Tobacco Memories」 は、私にとってほかのどの作品よりも親密で、最も個人的な作品だと思っています。

「Tobacco Memories Extrait」の香り立ちは、「Tobacco Memories」と基本の構成は同じですが、トップにブラックチェリーを大胆に効かせています。チェリーが圧倒的な存在感を放ちながらも、決して騒がしさはなく、濃密で奥行きのある、まるで CHAMBRE52を象徴する赤を想起させるような香りです。そのあとに、サフランやアーモンドが続き、スパイシーで少しグルマンな表情へと移っていきます。さらに、「Living Stallion™ (リビングスタリオン™)」と呼ばれるレザー調のアニマリックノートと、アンバー調のラブダナムも新たに加えています。そしてラストには、タバコリーフのアブソリュートが現れ、リッチでクリーミーな香りから、やわらかく繊細な余韻へと変化していく。ボトルデザインも、通常のクリアガラスとは異なり、赤色を外側ではなく内側に施しました。感情は自分の内側に宿るものだからです。この表現を実現するのは簡単ではありませんでしたが、小さな工房の職人たちが一本一本手作業で仕上げています。だからこそ、赤色を内に秘めながらも、ガラスの透明感は失われていないのです。

—香りを通して物語の世界を表現するという、独自の制作プロセスについて改めて教えてください。

香水を原料から考え始める人もいますが、私にはまずストーリーが必要なのです。それは映画づくりに少し似ています。実際、私たちのプロジェクトには、フランスを代表する映画監督の一人 Cédric Jimenez (セドリック・ヒメネス) もパートナーとして参加していて、彼との対話からインスピレーションを受けることもあります。香水づくりにおける私の役割は映画監督に近いのかもしれません。映画をつくるには、まず脚本が必要ですが、それは短い物語のときもあれば、長い物語のときもあります。そこに描かれるのは、人や、自分が経験した瞬間、愛について。内省的なものもあれば、誰かと時間を共有した経験から生まれるものもありますが、必ず最初にシナリオが存在します。私が監督だとすれば、香料は映画に登場する俳優たちです。アンバーやムスク、トンカビーンなど、さまざまな香料が物語を表現する役者になります。それらを組み合わせながら、美しい物語を描き、一つの作品として完成させていくのです。

—言葉として描いた物語を、目には見えない香りへと変換していくのは、決して簡単な作業ではないように思います。調香師とはどのように香りを形にしていくのでしょうか。また、その過程で「これがこの物語の香りだ」と確信する決め手はありますか。

私が最初に作るブリーフは、求めているものが明確で、「この香料を使いたい」と具体的に決まっていることもあります。まず物語があり、そこから生まれる感情を表現するために、どの香料が最も重要なのかを考えるのです。そのブリーフをもとに才能ある調香師たちが香りを提案してくれます。私にとって何より大切なのは、その香りに心を揺さぶられるかどうかということ。それは単に「好き」「嫌い」という話ではありません。「何かが起きている」「この香りは私をどこかへ連れて行こうとしている」と感じられること。その感情的な、あるいは感覚的な衝撃こそ、私が求めているものです。最初の提案で「これだ」と思うこともあります。まるで一目惚れのように、あるいは「一嗅ぎ惚れ」とでも言えるような感覚ですね(笑)。もちろん何年もかけて取り組んでいるプロジェクトもあります。それが最終的に香水になるかもしれませんし、ならないかもしれません。自分自身が、直感的に「これだ」と確信できる瞬間を待っているのです。私たちの香りを体験したときに、「何だろう、この香りは?」「どこへ連れて行こうとしているんだろう?」と感じてもらえたら嬉しいですね。まず驚きや発見があり、そのあとに繊細さが訪れる。私が求めているのは、そうした心の動きを生み出す体験です。

—「Tobacco Memories」は、旅先で試香した際に、濃密で複雑な奥行きのある、強く印象に残る香りだと感じました。同じ店で出会った「Contre ta Peau」は、今も愛用しています。優しいシトラスに芯のある甘さが重なり、センシュアルでありながら温もりに満ちた、初めて出会う香りでした。

「Tobacco Memories」や「Contre ta Peau」、「Orencie」について、「これまでにない香り」「ユニークな香り」と言っていただけることは、私にとって最高の褒め言葉です。すでに世の中には数え切れないほどの香水があり、フレグランス業界では長年にわたって数多くの素晴らしい作品が生み出されてきましたから。これまで Francis Kurkdjian (フランシス・クルジャン) や Aurélien Guichard (オーレリアン・ギシャール) をはじめ、偉大な調香師たちと長年仕事をする機会に恵まれました。だからこそ、CHAMBRE52を立ち上げるとき、一度それまでの香りから距離を取ろうと、約18カ月間、ほかの香水を一切嗅がないことにしました。ほかの優れた職人たちの創作に影響されず、自分の作品だけと向き合いたかったからです。CHAMBRE52を発表した際、多くの方が6つの香りには独自性があり、これまでに嗅いだどの香りとも違うと言ってくださいました。それはおそらく、既存の香りに囚われず、自由な状態で制作に取り組めたからだと思います。

—「Contre ta Peau」には、どのようなストーリーが込められているのでしょうか。

私にとって大切な出来事は、いつもホテルの部屋で起こります。約20年前、イビサのホテルで妻にプロポーズしたのもそのひとつです。「Contre ta Peau」は、そのときの記憶と、妻への想いを込めて作った香りです。夜、外出するときに「Contre ta Peau」をまとうと、香りは美しく広がりながらも、決して主張しすぎることはありません。バニラがオレンジブロッサムの華やかさを優しく包み込み、2つの香りが繊細に溶け合うことで、長い余韻をもたらします。私がこの香りで表現したかったのは、誰かと素敵な夜を過ごしたあとの朝です。目を覚ますと、部屋に柔らかな光が差し込んでいる。親密で心地よい時間のなかで、パートナーに近づくと、その人の肌から昨夜の香りがもう一度ふわりと立ち上がる。そして、また素晴らしい一日が始まっていく情景。とてもパーソナルで親密な物語から生まれた香りなので、お話しするのは少し照れくさいのですが、制作において目指したのは、エレガンスと官能性の本質を香りとして表現することでした。

—あなたはこれまで70カ国以上を旅されてきたそうですね。なかでもクリエイションに大きな影響を与えた場所や、今も心に残っている体験はありますか。

私はカリブ海の小さな島で生まれ、幼い頃から旅をしてきました。そうした経験は、今の創作のプロセスにも深く結びついていると思います。また、私にとって海はとても大切な存在で、深いつながりを感じています。「Soleil Tonka」と「Bois Flotté」の創作にも、そんな海への思いが影響しています。少し無邪気に聞こえるかもしれませんが、私はどんな出会いも新しい友情や素晴らしい時間へとつながるきっかけになると信じています。世界各地でさまざまな人と出会い、ともに過ごしてきた時間は、私にとってかけがえのないもの。それらすべてが、今のクリエイションにも息づいています。

—あるインタビュー記事で、「⾹りはまとう⼈によって変化し、その⼈⾃⾝を映し出す」と語っていましたね。「⾹りは、完成されたものではなく、⾝にまとう⼈との出会いによって初めて完成するもの」と考えているのでしょうか。

調香室にある段階では、香水はまだ完成したとは言えません。香水を肌にまとい、そこで何かしらの感情が生まれた瞬間や、その人の親密な時間の一部になったときに、初めて香水になるのです。それまでは、まだ一つの調香、あるいは香りの構成にすぎないと思っています。たとえば「Contre ta Peau」は、フランス語で「あなたの肌に寄り添って」という意味合いで、肌のすぐそば、あるいは肌の上にあるものを表しています。香りはまとう人の肌によってその表情を大きく変え、その違いが唯一無二の香りを生み出していきます。香りの構成やアイデアによって、いわば物語の半分を描いているようなもので、その香りを誰かがまとった瞬間に、残りの半分はその人自身の物語になります。そうして1つの物語を共有することができる。その繋がりこそ、私が求めているものなのです。

—ヘアフレグランスやキャンドルなども展開されていますが、それぞれに異なる香りの表現や楽しみ方があるのではないかと思っています。香水とは異なるプロダクトを通して、どのような体験を届けたいと考えていますか。

私にとって大切なのは、「ルールがない」ということ。CHAMBRE52を通して、自分たちが本当にやりたいこと、好きなことを表現できればいいと思っています。キャンドルをつくる必要があったわけではありません。Jules Dinand (ジュール・ディナン) とデザインした香水ボトルがとても気に入っていたので、そのフォルムを活かしながら、キャンドルでも同じ美意識を表現したいと思ったんです。また、キャンドルは家というプライベートな空間に入り込むもの。だからこそ、CHAMBRE52と人との距離をより近づけてくれるように感じました。

ヘアフレグランスについても、考え方は同じです。ヘアフレグランスにしたいと思ったのは「Orencie」「Soleil Tonka」「Contre ta Peau」だけ。それは理屈ではなく、直感的なものでした。自分のなかに「これをつくりたい」という気持ちが生まれるかどうか。たとえば「Orencie」は、ライチ、ローズ、ホワイトムスクを組み合わせた、とてもクリーンで繊細な香りです。この香りならヘアフレグランスにする意味があると感じました。そうやって、自分たちの感覚に従いながら、新しいクリエイションを生み出しています。
※「Contre ta Peau」は、今回のサロン ド パルファンでは発売されません。

—おすすめの香水のまとい方を教えてください。

首元から香るのが好きですね。とても心地よいですし、ヘアフレグランスが首元に近い髪に使うアイテムであることにも意味があると思っています。控えめに香らせたいなら、2〜3プッシュくらいがちょうどいいでしょう。それから、香水をつけたあとに手首同士をこすり合わせる人もいますが、そうすると本来の香り立ちが変わってしまうことがあります。スプレーしたら、そのまま自然に乾かすのがおすすめです。でも正解があるわけではありません。香水との付き合い方は、とても個人的なもの。自分が心地よいと思う方法で楽しみ、その時間を自分自身と向き合うひとときにしてほしいですね。香水は、ときに自分らしさをそっと包み込み、守ってくれる「第二の肌」のような存在でもありますから。

—ブランド誕生から比較的早い段階で、アジア初の展開先として日本を選ばれたことも印象的でした。日本への進出を決めた理由はなんだったのでしょうか。また、日本のフレグランスカルチャーにはどのような魅力や可能性を感じていますか。

私は、できるだけ早く日本へ行きたいと思っていました。日本は私たちにとって重要な市場の一つになると考えていましたし、CHAMBRE52の考え方とも強く響き合うと感じていたからです。日本の細部に対する意識や、静かな美しさには、私たちが大切にしているものと通じる部分があります。常に情報や音に囲まれている今だからこそ、少し立ち止まって、呼吸する時間をつくってほしい。「手仕事の質に目を向けること」や「きちんと時間をかけること」。そうした感覚をフレグランスを通して届けていきたいと思っています。だからこそ、ディテールも大切にしています。たとえば CHAMBRE52のボトルには、「52」という数字が小さく刻まれている。手に取った瞬間には気づかなくても、バスルームや部屋に置いて、しばらく経ってからふと見つける人もいるかもしれません。そうした小さな発見も、CHAMBRE52らしさの一つです。私が、CHAMBRE52を通して目指しているのは、人々の記憶に残ることです。そのために大切なのが、強さと繊細さの共存です。相反するように見える2つの要素が重なり合うことで、初めて人の心を動かすものが生まれると考えています。