kento nakajima & Hirokazu koreeda
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次の10年をどうつくるか。是枝裕和×中島健人が語る、日本映画の現在地

kento nakajima & Hirokazu koreeda

photography: eri morikawa
interview & text: tomoko ogawa

Portraits/

世界の映画ファンから愛され、日本の映画界の構造的な問題解決のために仲間たちと変革を進める映画監督の是枝裕和。ソロアーティストとして、Hulu オリジナルの全編英語の海外ドラマ「コンコルディア/Concordia」に出演するなど、俳優としてもグローバルに活躍する中島健人。第38回東京国際映画祭で行われた、映画界で活躍する女性をエンパワーするケリングのプログラム「ウーマン・イン・モーション」のスペシャルトークセッションに登壇した世代の異なる二人が、日本映画の現在地、そしてこれからのクリエイションを支える意識について語り合う。

次の10年をどうつくるか。是枝裕和×中島健人が語る、日本映画の現在地

—カンヌなどの国際映画祭やフランスと韓国での撮影経験のある是枝さんと、国内外で活動する表現者である中島さんは、グローバルなコミュニケーションをどんなふうに意識していますか?

是枝: 中島さんは英語は喋れるの?

中島: はい。仕事で英語を使う機会が多くなっているので、もう早急なトレーニングが必要で。

是枝: トレーニングしてるんだ。

中島: かなりしてますね。2年ほど前に海外ドラマ「コンコルディア/Concordia」に参加したときに、アイルランド、アメリカ、カナダ、サウジアラビア、スウェーデン、ドイツ、フランス、日本という多国籍のキャスティングだ

ったんですよ。監督がオーストリアの方だったので、みなさん英語を共通言語としていて。演出指導の中で、どうしても英語がうまく発話できないと次の日にはセリフを切られてしまうので。

是枝: おお、それは厳しい。

中島: ものすごく発音に厳しくて。「ゲーム・オブ・スローンズ」シリーズを手がけた Frank Doelger (フランク・ドルジャー) のプロデュースでキャスティングしていただいて、彼はすごく優しい方なんですけど、その右腕となる Rafferty Thwaites (ラファイティ・スウェイツ) という、肩をぶん回すようなプロデューサーが僕の発音チェックアドバイザーとなってくれて、プレッシャーが大きい毎日だったんです。「健人、このシーンの言葉尻なんだけど、発音が明日までに直っていなかったら全部カットかも」とか言われて。夜な夜なワインを飲んでは吐いてみたいな (笑)。

是枝: ははは。でも笑いごとじゃないね。

中島: もう本当に辛くて。でもそれがあったおかげで鍛えられました。最初はゼロだったけれど、本当に楽しく英語を学んでがんばろうという気持ちになったんです。

是枝: 本当に偉いです。

中島: それが自分のアイデンティティのひとつでもあるので。それこそ2020年度のアカデミー賞®で初めて現地のレッドカーペットから生中継をしたんです。通訳を介してると時間が倍になってしまうということで、やばいなと思いながらも英語で直接インタビューをしたことがきっかけで機会が増えて、Netflix 映画『桜のような僕の恋人』のインタビュー映像で僕が英語で話している映像をフランクが見てくださって。それで、「性悪のエンジニアの役があるんだけど、やれる?」と聞かれて、ビデオセレクションのオーディションで選んでいただいたんです。それも本当に、是枝さんが世界に対して日本の映像業界の扉を開いてくれたから、フランクも見てくれたと言いますか。その時期に、英語を話せる日本人キャストにすごく興味を持ってくれていたので。2020年のアカデミー賞®での経験もそうですし、翌年に WOWOW の番組で是枝さんと対談させていただいたことも、本当に感謝しています。 

是枝: いえいえ。たぶん、これからは中島さんのような世代が中心になってくるのだろうなということは、対談をしたときも感じましたが、意識が外側に開かれているよね。僕は、英語で話すことはもう諦めたんだけど、下の世代、例えば早川千絵さん以降の世代の監督たち、プロデューサーも含めて、カンヌ国際映画祭でパネルディスカッションをするときも通訳を介さずに対話できる世代が出てきていることは、すごくワクワクしますね。だから、期待してます。自分にはそれができてなくてごめんなさいという感じです (笑)。

—近年、世界で日本映画の受け取られ方が変わってきていると肌で感じることはありますか?

中島: それこそ是枝さんがいる場所に世界ありという感じなので。

是枝:  (小声で) そんなことないない。

中島: 近い将来、これは僕の希望ですけど、是枝さんの座組の中で、自分がグローバルにいろいろな物事を発信できるような立ち位置をしっかり務められたらなというふうには思いますね。そのためにも研鑽を積んでいます。

是枝: 熱い目で見つめられましたが (笑)、日本映画に対する見方は、この数年でだいぶ変わったという感じはしています。最近はカンヌ中心にしか回っていないけれど、次の面白い世代が群れをなして出てきたという感覚はあって。監督だけを例にとっても、濱口竜介さんがいて、深田晃司さんがいて、三宅唱さんがいて、早川さんも出てきて。僕らの世代からすると、相当な危機感を持たなければいけないのかもしれないんだけれど、そうやって次の世代が出てくるのはとてもいいことだなと。一時期の韓国映画が素晴らしかったのは、その勢いが役者からも監督からも、次の世代、その次の世代に渡されていったからなんだよね。それが今、日本の映画業界にも生まれつつあるなというふうに外から見られていると感じます。もちろん、その勢いを継続させていくためには足りていないものがたくさんあるから、それをどうやって底上げしていくかを今度は僕らの世代が模索しながら、実践していかなくてはいけないなと思っています。 ‎ 

—映画業界における共助システムの支援不足や、労働環境の課題がありますよね

是枝: そうそう。まずは現場の環境を改善しないと。役者はすごくいい方たちが出てきているのに、若いスタッフが育っていないし、若い世代のスタッフが不足している。そういった状況は、実写だけではなくアニメの世界でも起きているから、労働環境をどう改善して、若者たちが夢を抱ける職場にできるかということも含めて考えていかないといけない。やっぱり、他の国と比べると、日本の映像業界は圧倒的に遅れてるから、スタッフにもキャストにもすごく無理を強いてるわけですよ。国内の撮影だと、まだすごく拘束時間が長いでしょう?

中島: 本当に、おっしゃる通りです。

是枝: スタッフの場合はさ、余裕があれば交代制になったりもしてるけど、役者は交代する人がいないからね。たぶん、今ね、役者さんが一番しんどいのよ。

中島:  (大きく頷く)

—中島さんは、次世代の俳優として、現場環境に対して思うことや希望はありますか?

中島: シンプルな話ですが、例えばミールサービスがちゃんと確保されているかどうかは重要ですよね。演者もスタッフさんも、食事で活力が決まってくるという部分があるし、そこがないがしろにされると精神的にどんどんひっ迫していって、良いものがつくれなくなっていくので。また、家族にお子さんがいらっしゃる方もいるので、最近は、ファミリーデーのある現場が増えていて、それは本当に素敵な取り組みだなと思います。

—家族が現場に来ていいというのは、いい変化ですね。

中島: そうなんです。例えばカメラマンさんや監督のお子さんが現場に来て、パパやママが何をやっているのかをちゃんとわかるみたいな環境があると、親であるスタッフの方も「明日もがんばろう!」と思えるだろうし、演者にとっても、環境が豊かになることが良い芝居につながっていくと思うので。あと、海外ドラマの撮影のときは、毎朝必ず、綺麗なお姉さんがアメリカーノかエスプレッソを現場で勧めてくれていたんですよ。毎朝、それをチョイスするのがすごく嬉しかったです。

—是枝さんは、action4cinema での活動や、政府・官民の会議への積極的な提言経験を踏まえて、中島さんは、映画を愛し、若い世代の感覚を体現する俳優として、お二人とも男性という立場として、「ウーマン・イン・モーション」の取り組みをどのように捉えていますか?

是枝: 応援してます。さっきの中島さんの話とつながるけれど、僕は今、日活の撮影所で撮影してますが、基本的に、毎日子どもを現場に連れてくることはウェルカムです。それと、土日は保育園が休みだから、保育士さんを呼んで、子どもたちをケアできるようにしてるのね。お昼ごはんのケータリングをスタッフが連れてきた子どもたちと一緒に食べて、子役もたくさん出演しているから、子どもたちはみんな一緒に遊んでみたいな。そういう状況が背景にあると、やっぱり現場の雰囲気は全然変わってくるんだよ、本当に。

中島: それは、全然違いますよね。 ‎ 

是枝: そうやって、まだ不十分ではあるけれども、子育てと仕事の両立が無理な負担にならないように、意識的にやっていこうというふうには思っていて。そういう意識の変化は生まれてきてはいるから、それは「ウーマン・イン・モーション」の取り組みとも連動してると思うんですよ。

中島: そうですね。僕は、女性の監督とお仕事させていただく機会が多いんです。さっきお話しした「コンコルディア/Concordia」の監督 Barbara Eder (バーバラ・イーダー) も、女性の監督という立ち位置の中で、すごく強いんですよね。現場をまとめる統率力もすごくて、男性も女性も、スタッフの方々みんな Barbara 監督についていっていました。僕も現場ではものすごくしごかれたんですけど (笑)、飴と鞭を使い分けて、週末には「健人、ピザが待ってるからね」と優しく言ってくれて、鍛え上げられました。日本のドラマ「彼女は綺麗だった」でご一緒した紙谷楓監督も、「とにかく、やりたいことをやるんだという気持ちで私はやってるから、男女は関係ない。私はあまり気にしていない」というふうにおっしゃっていて。それを聞いて、少しずつ、守られていく時代に変容しつつあるなと僕は感じたんです。今回、「ウーマン・イン・モーション」という取り組みの定義の中でも、もちろん女性の社会進出や、映画業界内での更なる影響力の増幅、勢いというものは必要であると同時に、やっぱり男性のアイデンティティみたいなものも並行して尊重されていく時代なのだというふうにも思っているので、本当に共存共栄の社会だなと。

—ともに支え合い、成長するような。

中島: はい。僕ら男性は、女性に対して何かできることを、日々考えていくべきだなというのは、映画環境の中でもすごく思っているんです。でも、ジェントルにというよりも、リードしていく女性の姿をしっかりとリスペクトするということが、僕自身は大切だし。だから、何事も丁寧に接するとかじゃなくて、お互いのクリエイティビティをぶつけ合って、邁進していくというのが、今、一番必要な意識なのではないかなと思いますね。

—最後に、お二人に、観ている人の感情に届く映画表現についてどんなふうに考えているかをお聞きしたいのですが。

中島: 僕は、現場の中にある空気感をそのまま地続きにして画として表現することこそが、俳優としての本当の役割だと思っています。それは、4年前の対談で、「『万引き家族』(18)の終盤の安藤サクラさんのシーンが忘れられない」という話をしているんです。あのシーンはどうやって撮れたのか、現場にどうしてもいたかったと思うくらいで。

是枝: ははは (笑)。

中島: あの表情にたどり着くにはどうすればいいのかを今でもずっと考え続けていて。ただ単純に泣くことが正解ではないし、そもそも僕は泣きのシーンがすごく苦手ではあるんですよね。でも、その画の中に飛び込むことが、現場と地続きであれば、スムーズな感情表現ができるし、そのプロセスを僕は役者としてすごく大切にしていきたくて。且つ、未だに僕はその答えが見えていないので、いつか答え合わせができたらと思っています。

—答えって、あるんですか?

中島: 僕は答えが欲しいんですけど、きっと「ない」っておっしゃると思います。

是枝: いやいやいや、あのー、よくわかんないんだよね (笑)。なんて言ったらいいのかな、これだけいろんなものが AI で済まされる時代に、映画って明日には崩されてなくなってしまうようなセットの中で、僕は未だにフィルムで撮ってますけど、カメラを回して人が集まって、そこにさ、なんか奇跡的な瞬間が生まれることが時折あるんだよ。本当に神様に感謝するしかないような瞬間が必ず、確実にあるんです。みんな、そこにたどり着きたくてやっている気がするんだけどね。

中島: 本当にそうですね。

是枝: でも、「それは何?」って聞かれると、わからない。 ‎どうしたらたどり着けるかなんて、誰もわからないんだけど、でもあるんだよ、そういう瞬間って。何かの拍子に起きるんです。だからそれはたぶんね、本当に幸せな瞬間で、そのために生きてるという感じです。

—その狙って起こせるものではない瞬間は、環境がどうつくられたかとつながってるんですよね。

是枝: つながってると思います。実はその瞬間のために、一見関係のないような時間や空間の積み重ねが、絶対に必要なんだと思います。