think about
brutalism
vol.17

【連載コラム】 世界と日本のブルータリズム建築、成り立ちとゆくえ

2021年8月2日、重要文化財に指定された代々木体育館(設計者:丹下健三/1964年竣工)

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【連載コラム】 世界と日本のブルータリズム建築、成り立ちとゆくえ

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text: yusuke nakajima
edit: miwa goroku

アートブックショップ「POST」の中島佑介が、今気になるファッション、アート、カルチャーの起源を自身の目線で解説する隔月連載コラム「THINK ABOUT」。今回スポットを当てるのは、保存や修復、あるいは解体をめぐって近年大きく取り沙汰されているブルータリズム建築です。聞き慣れない言葉かもしれませんが、今年8月に国の重要文化財に指定された国立代々木競技場、解体が予定されている中銀カプセルタワーなどの建築名を聞けば、ピンとくる人は多いはず。世界中のブルータリズム建築を集めた本 『Atlas of Brutalist Architecture』(2018)を媒介に、誕生の背景から現在の動向までを追いかけます。

ブルータリズム建築の “木目”

東京は都市の新陳代謝が早く、特にこの数年は古い建物が壊され、いたるところで景観が変化していきます。最近の建築の外観に、木目の跡が付いた意匠を見たことはないでしょうか? この意匠は、コンクリートを流し込む外枠に、木目を強く露出させた板を使うことで、板目をコンクリートの表面に転写して作られています。

現在は装飾として使われている木目模様ですが、本来はコンクリートを固める過程で生じてしまう痕跡でした。合板の技術が未発達で、現在のように表面が滑らかな板を使えなかったため、杉材を何枚も組み合わせて型枠を作る必要があり、結果として板の接合部分や板目がコンクリートに残ってしまったのです。

この跡は、一般的には仕上げの際に隠されることが多いのですが、1950 〜 70年代に建てられた建築物には外観にそのまま残っているものが多く見受けられます。建築様式では 「ブルータリズム」 と呼ばれています。

ブルータリズムは、主に戦後の復興に合わせて世界中で建てられた、コンクリートやガラス、レンガといった素材をそのまま用いた様式を指しています。

 

急速に拡大する社会とコンクリート

歴史的には1953年にイギリスの建築家である Alison and Peter Smithson(アリソン&ピーター・スミッソン)が提唱したことで 「ブルータリズム」 という言葉が生まれ、この夫妻と親交のあった評論家である Reyner Banham(レイナー・バンハム)が1955年に雑誌『Architectural Review(アーキテクチュアル・レビュー)』でこの言葉を解説したことで、広く国際的に知られ、建築用語として定着していったそうです。

brutal(ブルータル)という単語は、「冷酷な」「野蛮な」 という意味を持つ単語です。言葉の意味と、荒々しい外見からネガティブな印象を受け、この言葉で自身の作品を形容されるのを好まない建築家が多いのも事実です。しかし言葉や外観の印象とは対照的に、この様式は世界の発展を望むユートピア思想を支えるものでした。

ブルータリズムは、第二次世界大戦後の社会的な背景が大きく関与しています。大戦によって世界中が疲弊しましたが、1950年代に差し掛かると世界経済は急速に回復へと向かいます。より豊かな経済復興のため、世界中では破壊された都市を早急に再建する必要があり、そのために用いられた建築素材が、コンクリートやガラスなどの工業的に作られた素材群でした。

特にコンクリートは型枠を作り、コンクリートを流し込んで、型を外せば出来上がるので、従来の施工方法よりも工期を早めることのできる材料でした。

イギリスを代表するブルータリスト建築 The National Theatre(設計者:Denys Lasdun/1976年竣工)

近代建築の巨匠、Le Corbusier(ル・コルビュジエ)もブルータリズムを称賛しました。最初の作品が 1952年にマルセイユに建てられた 「ユニテ・ダビタシオン」 で、住宅需要に応えるために作られた公営の集合住宅です。この建築で用いた仕上げのされていない剥き出しのコンクリートの状態をコルビュジエは親しみを込めて 「ベトン・ブリュット(フランス語で生のコンクリートの意)」 と呼び、最晩年までこの工法を採用しました。

 

日本のブルータリズム建築

カプセル売却が進む一方、保存・再生プロジェクトが現在進行中の中銀カプセルタワービル(設計者:黒川紀章/1972年竣工)

イギリスやフランス、ドイツでは急激に増える住宅需要に応えるため、インドや南アフリカでは植民地支配からの解放による都市計画のため、といずれも復興や変化を象徴する動向と強く結びついています。戦争のダメージが少なかったアメリカ本土でも、教育機関や国家機関など、急速に拡大する社会を象徴する建造物に、ブルータリズムの様式が採用されています。日本でも 「代々木体育館」 や 「群馬音楽センター」「国立京都国際会館」「香川県庁舎」「旧香川県立体育館」「倉敷市立美術館」 など、都市計画と結びつくような大型の施設が全国各地に建設されています。

倉敷市立美術館(設計者:丹下健三/1958年竣工 ※旧倉敷市役所庁舎)

コンクリートやガラスといった素材はモダニズムと類似しています。しかし、直線的で機能的、シンプルなモダニズムに対して、ブルータリズムは有機的で彫刻のような造形のものも数多くあり、類似したスタイルに収まらず、造形のバリエーションが豊かなのも面白い点です。

世界中でユートピアを実現するために採用されたこの様式ですが、1980年代以降になると徐々に衰えていきます。早くて安価、防音・防火といった機能も満たし、メンテナンスも最小限で維持が可能と謳われていましたが、色彩に乏しい監獄のような冷たい印象には当時から批判的な意見もありました。さらに時間の経過に伴いコンクリートが劣化していくにつれて、衛生や治安の問題も生じ、各国で少しずつ姿を消しつつあります。世界中のブルータリズム建築を集めた 『Atlas of Brutalist Architecture』 によると2018年時点で、この本に収録された 850施設のうち 38件は既に解体され、43件は管理が放棄されているそうです。東京でも、2021年には銀座にある 「中銀カプセルタワー」 が売却され、今後解体・立て替えの可能性が高くなっています。

解体される建築がある一方で、保護の動きもあります。日本では、丹下健三が設計した代々木体育館が2021年6月に重要文化財に認定されました。また、同じく丹下による香川県立体育館も耐震の問題から一度は休館しましたが、この施設を使った事業プランを一般から募り、新しい活用方法を模索しています(2021年8月現在)。

旧香川県立体育館(設計者:丹下健三/1964年竣工)

ブルータリズムは世界の復興という共通した目的を抱きつつも、風土や文化、国家の思想などを色濃く反映し、都市によって独自性の豊かな建築群が世界中に建設されました。今日、国家レベルの建築プロジェクトにはグローバル企業が関わるため、どこの都市も類似した構造になり、結果として世界が均質化しているという指摘もあります。ブルータリズムによって生まれた建築は、それぞれの都市を象徴する建築物として、今後ますます貴重な存在になっていくのではないでしょうか。